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大量生産システムによるコストダウンや運転を簡素化する数々のメカニズムで大衆化を果たしたフォード・モデルTは、1908年のデビューから1927年までの間に1500万台以上も生産された空前のベストセラーカーであった。アメリ力はもちろん全世界の足になったばかりでなく、モデルTなしに自動車史は語れないほど大きな影響を与えた。モデルTで注目すべきは、遊星ギアのトランスミッションをより実用的なものにしたことだ。ドラムにブレーキをかければ変速を開始する独特な機構は現代のオートマチックに似たもので、扱いやすく、当時のノンシンクロのギアをコーンクラッチで操作する変速のわずらわしさから人々を解放した。1909年初頭までは2ペダル方式を採り、前進、後退はレバーで行なったが、このモデルTからは3ペダル方式を採用。リバースは真ん中のペダルで行なう。 |
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F・H・ロイスとC・S・ロールスは1904年、完璧な自動車をつくるためRR社を創立。徹底した製品管理のもとに高品質な高級車をつくりはじめ、1906年、最大の傑作といわれる40/50馬力の6気筒車を発表した。この13番目のシャシーに全身銀色のツアラーボディを載せて、RAC(英国王立自動車クラブ)の監督下、グラスゴー〜ロンドン間を昼夜ノンストップで延べ15,000マイルをほとんどトラブルなしに走破。幽霊のように静かでスムーズな走行性と塗色から"シルバーゴースト"と呼ばれるようになった。こうした信頼性とともにシルバーゴーストの軽量かつ耐久性の高いシャシーは高く評価され、第1次世界大戦では装甲車などの重いボディを架装して熱砂の戦場を駆けめぐったことでも、その性能の高さは実証されている。もちろんシルバーゴーストは高価であることは間違いない。しかし、高い品質を持った量産車として、フォード・モデルTと行き方は違うが、高級車の源流になったのである。 |
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