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ステイタスをのせた豪華な車
車名に※印の記載がある車両は、現在展示していません。
高級車メーカーにも大きな打撃をあたえた、1929年にはじまる「世界大恐慌」。しかし、生き残ったメーカーは、より洗練された高性能なモデルをつくりつづけ、その豪華さにさらに磨きをかけたまさに「ラグジュアリーカー(豪華車)」を送り出したのである。
装備の充実とラジーエターの
定型化
高出力・大排気量化
超豪華車の出現
イギリス最古の自動車会社であるデイムラーは、エドワード7世により「御料車」として指定されて以来、戦後ロールス・ロイスにその地位を譲るまで、長い間イギリス王室や各国の上流階級に愛用されてきた。
また、納車はストラットストーン社が一手に引き受けていたことも知られている。
著名なコーチビルダーによる豪華なボディ架装と大排気量のスリーブ・バルブ・エンジンによる静粛な走行は、超豪華車の代表に相応しいものであった。
なお、この車はインドの藩王(マハラジャ)が使用していたものである。
モデルJは、アメリ力最高の多くのコーチビルダーがボディを架装。この時代の豪華サルーンに一歩もひけをとらないし、性能においてもはるかに抜きん出ていた。レーシングカーなみのそのパワーは、腕に自信のないドライバーではおさえつけることができないほどの強靱なパワーで人々を圧倒したのである。2力ウルの独特なボディはマーフィ製フェートンで、数あるバリエーションのなかでも有名なモデルである。
1930年、キャデラックはV16エンジン搭載車を世界に先がけてデビューさせた。452型と呼ばれるこのエンジンは7.4リッターの排気量を持ち、油圧タペット付きOHVヘッドを採用して、その出力も165馬力。豪華で重いボディをのせながら強力なパワーを発揮した。年間500台程度の限定生産だったが、キャデラックはこのV16によって速さと力と美しさを備えたアメリ力No.1のラグジュアリーカーの名声を手に入れることに成功したのである。
アルファロメオと肩を並べ、スポーツカーの華をさかせたランチアが1931年に発表したアストゥーラは当初、それほどスポーティなモデルではなかった。ところが1933年、エンジンを大型化したことで時にはアルファロメオを破るほど高性能なツーリングカーに成長。1935年以降はピニン・ファリーナなどの力ロッツェリアが魅力的なボディを架装して高級スポーツカーの道を選んだ。1936年のこのモデルもピニン・ファリーナの手によるものである。
1935年、ロールス・ロイスはV12気筒をつんだファンタムIIIを送り出した。このV12気筒は多気筒競争に参加するためのものではなく、長い時間をかけて蓄積した航空機エンジンの豊富な知識や経験を生かしたものであった。サスペンションは前輪独立懸架を採用して、乗り心地と操縦性は大きく向上。ラジエーターが前進したことで室内のスペースも大きくなった。この1937年型サルーンは、フリーストン・ウェッブのコーチワークによるもので、そのフィニッシュについてはいうまでもない。
1915年に登場して一躍'20年代の花形になったパッカード・トゥエルヴは、'30年代に向かって大きな変貌を遂げる。そして、この新しいモデルを語るとき、なくてはならない人物がアメリ力大統領フランクリン・デラノウ・ルーズヴェルトであろう。彼もまた、パッカードを選び、その信頼性と豪快なパワーに魅せられたひとりだったのである。この専用車は、12気筒がのせられた最後の年、1939年につくられたもので、格式の高いロールソン(ロールストン)がボディを架装。防弾ガラスをはじめ大統領専用の補強は装甲車並みだが、軽快なツーリングボディはルーズヴェルトの笑顔とともに華やかなアメリ力の象徴である。
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