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施設紹介
トヨタ博物館TOP 展示のご案内/常設展 日本人の手による自動車生産
常設展

車名に※印の記載がある車両は、現在展示していません。

日本人の手による自動車生産
本館3階/日本人の手による自動車生産
日産の初期の生産車
自動車製造株式会社(現 日産自動車)はトヨタに先立ちすでにダットサンの生産を始めており、1935年にはダットサン14型を発売した。
本館2階 本館3階 新館2F
日本人の手による自動車生産
トヨタ初の生産型乗用車
トヨタの初期の生産車
日産の初期の生産車
試作の続行
戦前の技術の応用
海外の自動車技術の導入
本格的国産車の完成
サイクルカーから軽自動車へ
大衆化のための技術開発
多様化するニーズへの対応
高性能スポーツカーの開発
未来へのステップ
 
ニッサン 70型 フェートン  
ニッサン 70型 フェートン 国産自動車工業の庇護・育成を意図して1936年に公布された自動車製造事業法のもとに、日産自動車は、米国グラハム・ページ社から大型乗用車の設計と生産設備一式を導入し、ニッサン70型として1937年から製造・販売した。最初はセダンのみだったが、後からこの幌型も作られ、両方で約5,500台つくられた。
ダットサン 16型 セダン
ダットサンは1932年に誕生してから50年以上日産の一ブランドとして親しまれていた。1932年に登場した“ダットサン”という名前の小型車は、2年後から国内初のベルトコンベアラインで量産され始めた。1932年にわずか150台だった生産は、ピーク時の1937年には8,000台を超え、生産自粛に追い込まれるまでに、トラックと合わせて36,000台余りが生産されてベストセラーとなった。この16型は1937年に登場し、当時の価格は2,100円であった。 ダットサン 16型 セダン
筑波号 東京自動車製造株式会社製(1935年・日本)
筑波号(1935年・日本) 国産初の前輪駆動車は、オートレースで活躍した川真田和汪氏が1931年に製作した「ローランド号」といわれている。その改良発展型である「筑波号」は、1935年から3年間、東京自動車製造(株)により、3車種(セダン、幌型、トラック)がおよそ130台生産された。なお、車名は関東の筑波山に由来している。
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