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この車は、1962年わが国で初めて本格的なスポーツカーとして開発された。
スマートなボディに直列4気筒OHVエンジンを搭載しブルーバード312型と同じシャシーを使用、リアには横向きの変則的なシートを持つオープン3シーターである。1963年に開催された第1回日本グランプリに出場、ポルシェ、トライアンフTR4など外国製スポーツカーを相手に見事クラス優勝した。その後、フェアレディは1600(SP311型)、2000(SR311型)へと発展、モータースポーツで大いに活躍した。 |
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当時、すでに2輪メーカーとして名を馳せていたホンダが4輪分野へ進出、本格的なライトウェイトスポーツであるS500を送り込んだ。デビューは1963年、前年に発表したプロトタイプS360の生産型である。531ccの超小型4気筒ツインカムには4基のCVキャブを装着して44hp/8000rpmの出力から最高速度は130km/h。小型車としては驚異的なパフォーマンスと軽快な2座オープンボディから若者の憧れを一身に集めることになった。その後、このモデルはS600、S800へと発展、本田技研工業の自動車部門の基礎を築き上げた。 |
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トヨタスポーツ800は、1962年のモーターショーで発表されたプロトタイプであるパブリカスポーツを祖として、1965年4月に登場。空気力学を重視した機能的なスタイルをそのままに、パブリ力のコンポーネンツを用いてコストダウンを考えた大衆のためのスポーツカーであった。価格は59.5万円。デタッチャブルトップの開放感と、わずか790ccの空冷水平対向2気筒から得られる、155km/hの最高速度はドライブの楽しさを一般的なものにしたのである。 |
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コンパーノ ベルリーナ800をオープンにしたファミリースポーツモデルで、1リッターの高出力型エンジンを載せ、足まわりを硬めにして最高速度145km/hを出した。当時は日本グランプリレースの開催や名神高速道路の開通などが相次いで、各社がスポーツカーや乗用車派生のスポーティモデルを競って商品に加えた時期であった。 |
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1963年に発売されたいすゞベレットは、多様化するニーズに対応するため、シート、ミッション、ハンドブレーキの組合せが自由に選択できるシステムを採用。さらに翌年4月、国産車で初めて車名に"GT"(グランツーリスモ)が冠せられたベレット1600GTを発売した。このベレット1600GTは、SUツインキャブレターを装着し高出力、すばやい加速性などの高性能車として注目され、モータースポーツにおいても活躍した。 |
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1960年代、高まりを見せたモータースポーツ熱を背景にプリンス自動車がスカイラインGTを開発。
1965年に発売された2000GT-Bは、これまでのGTをベースに量産、市販化したもので、3連式のキャブレターでチューンされたエンジンとスポーティなステアリング・ホイール、メーター類などの装備を持つスポーツセダンとして人気を博した。
GT-Bの名称は、同年9月廉価版のGT-Aの登場により改められたもの。なお、1966年の日産自動車との合併から1968年まで、スカイラインの車名にプリンス名を残した。 |
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大衆車のスポーティ化傾向は徐々に拡大の傾向をみせ、1600ccクラスにもそれはおよんだ。トヨタもコロナ・ハードトップを基本としたスポーツクーペ、1600GTを登場させることになる。9R型DOHCエンジンを積み込み、小型ではあったが最高速度は175km/h。快適な居住空間やトヨタ2000GTと同じ5速ミッションを備えた(4速仕様も存在)本格的な高性能ツーリングカーとして、高い人気を得たのである。 |
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オイルショックや排出ガス規制などに縛られなかった’60年代には世界的な傾向のなかで魅力的なスポーツカーが多く誕生する。わが国においてもかつてない高性能なグランツーリスモ、トヨタ2000GT(1965年)を登場させることになった。ロングノーズの均整がとれたスタイリングやバックボーンフレーム構造、6気筒ツインカムなどデザイナーやエンジニアが思う存分に腕をふるった結果は、谷田部のテストで3つの世界記録と13の国際新記録を樹立。世界水準の高性能車をつくり上げたのである。 |
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ドイツのNSU社との技術提携によってロータリーエンジンを手に入れた東洋工業(現マツダ)は実用化のため厳しいテストと改良の結果、1967年にわが国初の搭載車マツダコスモスポーツの販売を開始した。強烈なインパクトを与える未来的なスタイルはもちろん、491cc×2の小排気量ながら、レシプロエンジンの2リッタークラスをもしのぐ128PSの出力を発揮、圧倒的な高性能から注目を浴びることになる。このL10B型は1968年のマイナーチェンジで、さらに強化され200km/hの最高速度をほこった。 |
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