トヨタジープBJ型の誕生
創設時はすべての装備を米軍に頼った警察予備隊だが、すぐに装備の国産化が求められるようになった。また、今後も継続的にアジア地区で必要とされる軍用車両を、日本から調達しようとする米軍の思惑もあって、日本の自動車メーカーに小型四輪駆動トラック等の試作が要請された。
これを受けてトヨタは、同年8月から設計を開始し、翌1951年1月に試作車を完成させた。以前トヨタでは、戦時中に陸軍がマレーシアで獲したバンタムを参照し、AK10という小型四輪駆動車を作ったことがある。
試作車はこの経験を生かし、4トントラック用のB型ガソリンエンジン(水冷直列6気筒・3,386cc)とSB型1トントラック用のシャシーを組み合わせたものであった。
当時、占領軍が大量に持ち込んだジープが日本国内を走り回っていたので、ジープは四輪駆動車の代名詞となっていた。そこでトヨタでは、この試作車に「トヨタジープ」と命名し、B型エンジンとジープ型シャシーの組み合わせを表すBJという型式名を与えたのである。ちなみにこのときの要請に応え、日産では「パトロール・4W60」を試作している。
しかし、結果的に警察予備隊の車両として採用されたのはジープであった。敗れたトヨタジープBJ型は同年7月、国家警察(警察庁の前身)関係者立ち会いのもとで平一郎テストドライバーによる走行テストを実施し、さらに富士山6合目まで走破するという快挙を成し遂げた。このテストの好結果を受けて、翌8月に国家警察のパトロールカーとして採用されることが決まったのである。
しかし、実際にトヨタジープの量産が開始されたのは1953年8月からであった。採用決定から生産まで2年もの月日が流れたが、それは仕様決定や価格折衝に時間がかかったことと、発注が年度ごとという官公庁らしい事情によるものである。ちなみにこの年、298台のトヨタジープBJ型がラインオフしている。その後、国家警察のパトロールカー以外にも、林野庁や電力会社などに納入されるようになった。
翌1954年6月、ジープという呼称はウイリス社の商標権に抵触することから、当時トヨタの取締役技術部長:梅原半二氏によって、この四輪駆動車に改めて「ランドクルーザー」という名前が与えられた。それは世界のライバルに対抗し、充分な勝算を得た自信の上に名付けられた壮大な名前である。
自動織機の発明に人生を捧げた豊田佐吉。この父の頭脳と行動力を受け継ぎ、自動車事業に人生を賭けた豊田喜一郎。彼の「世界に通用する自動車を作りたい」という大きな夢に向かって、今ここにトヨタはその第一歩を踏み出したのである。
MODEL AK10, SPECIFICATION「四式小型貨物車」諸元表
| 全長/ Overall, Length |
3390mm |
| 全幅/ Overall, Width |
1570mm |
| 全高/ Overall, Height |
1800(1370)mm |
| ホイールベース/ Wheel Base |
2300mm |
| トレッド/ Tread, Front/Rear |
1300mm/1300mm |
| 最小回転半径/ Minimum Turning Radius |
6.0m |
| 車両重 / Vehicle Weight |
1100kg |
| 最大積載 / Payload |
500kg |
| 乗車定員/ Seating Capacity |
2名 |
| 車両総重 / Gross Vehicle |
1800kg |
| エンジン形式/ Engine Type |
ガソリン、4サイクル、OHV |
| 気筒数/ No.of Cylinders |
4 |
| ボア×ストローク/ Bore and Stroke |
84.14mm x 101.6mm |
| 総排気 / Displacement |
2258cc |
| 圧縮比/ Compression Ratio |
6.0 |
| 最高出力/ Maximum B.H.P. |
43HP / 2800rpm |
| 最大トルク/ Maximum Torque |
17.0kgm / 1400rpm |
| 最高速度/ Maximum Speed |
80km/h |
| 燃料タンク容 / Gasoline Tank Capacity |
50リットル |