
実はクルマの開発には「木」が使われています。私の職業である木型モデラーとは、その「木」を鉋(カンナ)やのみで削りあげ、部品関係のモデルを造ることが仕事です。フロントグリルなどの外装パーツからインストゥルメントパネルなどの内装パーツ、そしてそれから内装パーツを組み込んだ、人が乗り込んで検討できる原寸大の室内モックまで。完全に実車と同じ見え方になるまで造り込みます。
木型モデルは審査や検討を経て、そのまま製品化データの基になるので、むしろ実車よりも高い精度が求められるのです。そのため、木型モデラーが必要とされる技術を身に付けるまで約10年。木型モデラーの育成は“ものづくり”の積み重ね。入社して最初は、造形しやすい部品モデルの製作を任されます。
始めて私が担当したのは、後部座席天井につくアシストグリップでした。自分の木型が、実車の一部として世に出たときの特別な想いは、今でも忘れられません。数多くの部品の中の一つですが、ユーザーに直接触れてもらえるのがすごくうれしかった。ダイレクトにトヨタ車の印象に貢献できることは、木型モデラーの醍醐味ですね。
私たちは、デザイナーのアイディアを具体化するのが仕事です。しかし、今ある技や方法では難しかったり、不可能な場合もある。でも、最初から「できない」と言うのは、“ものづくり”のプロとしてあってはならぬこと。デザイナーがとことん考えて、「これだ!」と思ったアイディアを、つくる側の人間の技術的な問題でカタチにできないと言うのは自分たちの役割を果たしているとはいえないと思うのです。
どんなアイディアでも、まずはどうしたらカタチにできるかを考える。そこから新しい作り方のヒントが生まれたり、デザインの表現方法をさらに拡げることができるかもしれない。高度な要求に応えるのは、新しい技や方法論を増やすためにも必要なのです。私たちに求められているのは、先輩たちが試行錯誤して残してくれた技術を伝える事、それをベースとしながらも、新たな“ものづくり”の方法や材料など、さまざまな角度からトライする事、そして感性を磨く事ではないかと思います。
「今」を「良し」としない。何か新しい試みをする。この積み重ねが“トヨタデザイン”の可能性を広げていくのです。
昔の評判として、トヨタのデザインは、保守的だとよく耳にします。その理由はおそらく、トヨタ車が持つ安心感。ただ、安心感=保守的とするのは誤解なんです、と言いたいですね。なぜなら、デザイン的に相当造り込まなければ「安心感」は演出できないからです。
誤解を恐れずに言うと、たとえば、デザイン優先でアイディアのエッジを残したクルマを作るのは、そんなに難しいことではないと思います。開発途中に、そのようなデザインのクルマがいくつもありますから。でもトヨタの場合、その段階から、デザインの“質”を高める為にもうひとつふたつ攻め込むんです。そのデザインは乗った人への配慮がなされているか?長年使うことをイメージできるか?と。エッジをエッジとして残すのは簡単です。アイディアをそのままデザインすればいい。でも、アイディアの先鋭的なイメージを最大限に活かしながらも、そのうえで乗る人への配慮、つまり安心感を両立させるためには、ギリギリのラインまで攻め込む勇気が必要なのです。
トヨタが生んだ名車のひとつに、2000GTというスポーツカーがあります。その生産台数は337台という、まさに超貴重なクラッシックカー。実はこの2000GTこそ、私の原点なのです。ちょうど子どもの頃、生産されていたのですが、当時から超高級車だったので、そう簡単にお目にかかれるクルマではありませんでした。が、奇跡的にうちの近所に1台購入された方がいまして。ただでさえ好奇心旺盛な時期に、そんなスーパーカーが近所に来たものですから、それはもう毎日見に行きました。すると、オーナーが「乗ってみるか?」と乗せてくれたんです。運転席に。
今でも鮮明に覚えています。本当にきれいで。室内に入ったときの皮の匂いがリアルに甦るくらい。もう、圧倒的な美しさに対する憧憬。一発で虜になりました。それ以来、どんなクルマを見ても、どこかで無意識に比べているんですよ、2000GTと。私のクルマに対するいろいろな考えや理想、モノづくりなど、人生の原点といっても言い過ぎではないですね。
私はトヨタ車の他に、趣味のクルマを所有しています。英国車の「Lotus Europe」です。2000GTに出会ってからすっかりクルマに夢中になった私は、毎日のようにクルマ雑誌を読みふけっていました。その頃、F1でフェラーリと双璧だったのが、ロータス。黒に金のストライプ。圧倒的な速さ。あっと言う間に惹きつけられました。「Lotus Europe」は、もうひとつの憧れなんです。
そして、私にとって、ロータスを知るきっかけになった“F1”も重要な存在。究極のスポーツだと思っています。厳しいレギュレーションの中で、世界最速の生き物をつくるわけで。ドライバーだけでなく、メカニックや開発など、勝利のためには誰1人として手を抜けない。本当の意味でのチームワーク。各人が最高のパフォーマンスを尽くすことで、最高の結果を出す。まさに私たちのクルマづくりに通じるものを感じます。無数にあるパーツを各人が最高の精度で仕上げ、その集合体が1台のクルマになる。一人ひとりが持てる力をすべて出さないと、いいものはつくれません。
憧れのロータスF1の模型を、自分で作りたい。でも、市販品がない。だったら自分でゼロから作ろう、とフルスクラッチの模型作りを趣味にしています。フルスクラッチとは、既製の模型を使わずに、材料だけで作り上げること。図面もないので、写真を参考に図面を引き、見えない部分は、想像しながら作るしかありません。しかも、実物をそのままスケールダウンすると、再現不可能なほど細かくなったり薄くなったりする部分が出てしまう。でも極力、実物の印象に近づけたいので、まずは強度のある材料を探します。それでもうまくいかない場合は、見えない部分に補強を入れて成り立たせる。
仕事ではないので、いくらでもトライ&エラーができるんです。実はそれが模型作りの醍醐味というかメリットだと思っています。ものづくりに対して、自分の“技術”という引き出しを増やす事は、楽しくてしょうがないですから。それが仕事にも役立っているのかもしれません。