
仕事内容(@カローラ岩手)
今回の支援での仕事内容は、中古車の加修・洗浄です。
具体的には、関東関西地方から仕入れた中古車の内装部品を取り外し→洗浄→乾燥→組み付け→ワックス掛けという作業をいち早く販売店店舗やお客様のニーズに応える為に急ピッチで進めておりました。
岩手の特に沿岸地域では、車を移動する為の必需品としている人がほとんどです。
今回の震災で車を失った方は、車を家代わりにする方もいらっしゃいました。
販売店店舗にも新車の展示車がほとんどないような状況で、スピードだけを重視するのであれば、洗車洗浄しないでそのまま店舗に輸送するのが一番ですが、このような非常時にこそ、心のこもった、ピカピカの一台をお客様にイチ早くお届けし、少しでも気持ち良く乗って頂きたいという気持ちで、販売店の方は作業しておりました。
緊急時こそサービス精神を忘れずに行動することが大事だと私は、今回の支援を通して実感しました。

現地の様子
現地の方のマインド
現地の方の元気さに逆に驚かされてしまいました。 震災から2カ月経過した今、岩手の方々の絶対に復興してやるぞ!というマインドを一番印象的に感じました。(個人差はありますが…。)
観光地としての素晴らしさ
今回岩手は初めて行きましたが、とても素晴らしいところでした。
山の幸、海の幸、お米、冷麺、じゃじゃ麺、わんこそばなど特産品がたんさんあり食の宝庫です。
自然に囲まれ、世界遺産の平泉もあります。
今回の震災の影響で大きな被害は、受け観光地として気軽に行きづらいと思います。
ですが、現地の方は、とても元気です。引け目を感じずにどんどん観光に行って欲しいと思います。現地の方もそれを望んでいると私は思います。

5月6日。
仙台空港はなんとか操業しつつも、大きな被害を受けている。空港から仙台駅までのバスの窓から見える景色は、連日報道されていたある意味見慣れた風景。しかし、無残な姿で横たわる車を、家を、船をいざ目の前にすると、そのリアリティに圧倒される。本当にここから復興できるのだろうか。
内陸部に位置する仙台駅は、震災の影響を感じさせない活気。お世話になった店舗も駅前にあり、問題なく営業中。洗車・タイヤ交換・空気圧・車移動・タイヤのバランス取り・ワイパー交換。資格も経験も無いため、ひとつひとつ教えてもらいながら、サービススタッフの一員として自分に出来ることを精一杯やった。
ある日、サービスマネージャーから聞いた。店舗スタッフにも母親や父親、親戚を亡くした方が何人もいると。店舗の被害が無いからといって震災の被害が無いわけではなかった。皆笑顔で働いているのはこんな時だからこそ前向きにとのこと。言葉が出なかった。周りの人間が下を向いてはダメ。それぞれが自分に出来ることを出来る限りやろう。
5月20日。
最終日。終礼でマネージャーが一言。
「仙台は確実に復興しています。その中に藤原君もいてくれました」
本当に役に立てているのか確信が無かったが、出来ることを出来る限りやった二週間に意味があった。今後、今回得たサービスの知識は生かされないかもしれない。しかし、この経験を胸に、出来ることを出来る限り、出来る場所でやろうと思う。

活動期間・場所
2週間(5月7日~5月20日まで)
仙台市内から石巻市内の店舗まで人員支援へ
ネッツ仙台 石巻支店の状況
地震の影響は少ない。比較的新しい建物であり、ガラスがわれたり、壁にヒビがはいっているなどの状態ではない。
津波は店舗内に30cm。奇跡的にも周辺地域よりも少しだけ小高い地域で大きな被害からは免れた模様。ただし、500mも海岸方向にいくと壊滅的な状態で、家など建物はすべて流されてガラクタだらけの状態。
活動内容
U-CAR販売スタッフの手伝い&その他庶務全般
U-carの販売
新車の生産がままならない中、新車納期が伸びている状況のもと、何でも良いから今の足が欲しいというお客様が多数おられ、その対応にあたる。特に家族が一度に移動できたり、最悪寝泊りもできるミニバンはかなりの人気があり、仕入れ後ほぼ即日に売れている状況。
営業スタッフの手伝い
納車や水没車の引き上げの手伝い。線路も破壊されているため、地域を走る電車は全く復旧のめどがたたない状態であり、交通渋滞が慢性的なものに。絶えず来られるお客様の対応で忙しいスタッフを手伝う(購入された車を運ぶスタッフについて別の車の運転をしスタッフを連れて帰る)。また、津波で流された車を解体業者に運ぶために積載車にのせるのを手伝う。
感想
震災地のスタッフのみなさんも家族や友人をなくしたり、家・車がないかたもかなり折られる中、休みなく働かれている状態であったので、実際に車を修理したりすることは出来ないが、自分が店舗で活動したことによって少しでも役に立ててたなら嬉しい。
実際に被災された方々とお話しすることができ、震災のおそろしさのなかでもみなさん前向きに復興にむけて話される方が多くて驚いた。テレビでは報道されなくなりつつあるが、復興までは長い目でみなければいけないと感じたので、この貴重な機会を活かしてトヨタの社員としてでも、また自分個人でも何か復興のために今後も活動をしたいと思う。

5月上旬の約2週間、盛岡市内の店舗のご支援をさせていただきました。
その店舗は建物が倒壊する等の直接的な被害はありませんでした。しかし、被災地に送る中古車の車検整備の台数が増加しており、洗車要員でもいいから人手が欲しいとのことでした。
実際に赴任してみると、特に整備工場の負荷が非常に高い状況でした。エンジニアスタッフの皆さんが忙しく働く中、整備技術のない私は洗車しかできず、不甲斐無さも感じました。そんな思いも察してか、皆さんとても優しく接して下さり、「来てくれて助かった」と言っていただきました。
復興支援に行くまで、テレビ越しに観る被災地を別世界のように感じていました。しかし、そこに住まわれている方々は、当然のことですが、日々の生活を営んでおられました。車は必要ですし、乗るからには整備もしなければなりません。お客様の中には次の車が来るまででいいので、冠水してしまっているご自分のお車を直して乗りたいとおっしゃられる方もいらっしゃいました。
我々自動車メーカーの責務としては、被災地の方々の日々の生活を支えるため、一日も早く通常通りにお車をお届けすることだと強く感じました。

私は、宮城県に復興支援隊として赴き、販売店での車検や点検整備の補助、地震によって天井から落ちた資材などの撤去などを行いました。
また津波被害の大きかった気仙沼の店舗へ行き、営業再開へ向けた店舗内・整備場の清掃活動のお手伝いをしました。
私が派遣されたのは震災から約2ヶ月経った時期でしたが、震災以降の車両整備台数の急増(水没車両の修理など)により、販売店でもまだ片付けを行うこともままならない状況でした。
仙台空港に降り立ち、仙台市内への移動までの間、地震と津波の被害によって多くの建物が原形をとどめていない光景や、気仙沼へ向かう道のりで未だ撤去が進まぬ車などを見る度、悲しさや恐怖が入り混じった感情に襲われました。
しかし、一見すると悲惨な状況の中でも、販売店で働く方々は決して暗い表情で沈んでいるのではなく、むしろ宮城の復興に向けて活き活きと働いてらっしゃる姿に、お手伝いにいったつもりが、逆境へと立ち向かう勇気を教えてもらいました。
今回復興支援として赴き、実際にお手伝いできたことは、これから先の復興への道のりの中では微力だったかと思います。しかし現地でテレビの報道だけでは伝わって来なかった状況に直にふれられたことは、私のこれからの人生とって大きな糧になりました。









