クルマ、地域社会、経営を巡り、持続可能な社会の実現に向けたトヨタの想い。
トヨタ自動車(株) 会長 内山田 竹志 ×(株)創コンサルティング 代表取締役 海野 みづえ 氏
トヨタは「グローバルビジョン」を通して、次世代社会にも必要とされ続ける企業を目指しています。
どのような会社になろうとしているのか、海野みづえ氏をお招きして、2013年6月より、CSR委員長となった会長の内山田と対談していただきました。
「どのような会社でありたいか」、それがグローバル・ビジョン。
内山田 豊田佐吉翁は夜なべして機を織る母の姿を見て、楽をさせたいと自動織機を考案しました。クルマ事業を始めた喜一郎は日本人の手による自動車づくりが悲願でした。経済的指標でなく、創業時からの「人や国の役に立ちたい、貢献したい」という強い思いが、当社の企業精神として根づいています。
私自身は、中学生のころには自動車会社にはいりたいな、と思っていましたが、それは自分が考え出したクルマにお客様が家族を乗せて町を走ることを夢見ていたからでした。
叶えられたのは、会社に入って随分経ちもうその夢を忘れかけたある日、「プリウス」の開発担当を任せられた時でした。最初で最後のチャンスでしたが、「クルマづくりの経験のない人間で大丈夫か?」と心配する声も聞かれました。
海野 クルマの企画・開発のエキスパートならではのハイブリッド車誕生とばかり思っていましたが。
内山田 上司に「なぜ?」と尋ねると、プロジェクトの使命は「21世紀のクルマをつくる」「開発方法を変える」こと、「従来のやり方を知らないから君が適任」と言われました。
その後、グローバル展開が拡大し、会社は順調に成長したわけですが、そこにリーマン・ショック、北米でのリコール問題が続いて起こりました。お客様の安全・安心への期待との間に、相当大きなギャップを生じさせてしまった。どうやってもう一度トヨタを回復させるか、グローバルにいかに心を一つにし、再出発するか。その思いを込めて、北米の外国人役員をリーダーとして「グローバルビジョン」を皆で生み出した訳です。
ビジョンでは、「どのような会社でありたいか」を、「いいクルマ」「いい町、いい社会への貢献」「安定した経営基盤」の3つに求めました。
「数値目標を求めていく会社にはならない」「もっといいクルマをつくる」。そのような会社を全員で目指すことにしたのです。いいクルマをつくり、お客様や地域に心から喜んでいただき、それによって経営基盤を強固にして、次のいいクルマをつくる。それがビジョンの目標であり、その追求が今の私たちの使命です。
実は、このビジョンは東日本大震災の2日前に社内で発表をしました。あの震災からの復旧・復興に必死で取り組む中で、このビジョンが社員の考え方のベースとして根づきつつあると感じました。
お客様の笑顔のために、まずは「いいクルマ」づくり。
海野 ビジョンをグローバルに浸透・実践していくためには、どのようなことをされたのでしょうか。
内山田 原動力は、「いいクルマをつくる」です。社長は就任以来、「もっといいクルマをつくろうよ」とずっと言い続けています。
それは開発設計だけの課題ではなく、生産、調達、販売、管理、宣伝、すべての従業員に対して「いいクルマづくりにいかに貢献するか、それを考えよう」という意味です。しかし、「いいクルマとは?」となると、これが難問。一人ひとり、皆違います。それで大きく4つのカテゴリーをつくりました。
「趣味・感性(スポーツカー)」「量産車」「社会貢献車(救急車や消防車など)」「次世代のクルマ」、それぞれの分野で「お客様をとりこにする、今すぐ欲しくなる」。それがいいクルマ。しかしいいクルマの追求は、無限に考え続けていく必要があります。
海野 それが、ビジョンの「お客様の笑顔のために」につながるわけですね。国や地域別に開発体制をかなり変えておられますが、それも「いいクルマづくり」への対応と理解しております。
内山田 国や地域で変えてはならないものと、変えなければならないものがあります。たとえばスポーツカー、これは地域によって変えてはいけません。世界のどこでも、お客様から見た価値が変わらないクルマですから。一方、IMV*などは、特性やニーズに応じ、新興国の国民車の位置づけで、その地域にしかないクルマづくりをしています。カローラなど量産車も名前は同じでも、地域のお客様の声に基づき、地域の特性に合わせてそれぞれ日本とは違ったクルマになっています。
*IMV(Innovative International Multipurpose Vehicle):
トヨタの世界戦略モデル。世界中のお客様の、様々なニーズに応えられる「多目的車」となりたい、という思いから命名。
地域とともに発展できる、地域の価値を高める事業活動を。
海野 ビジョンには「いい町・いい社会」への貢献も掲げられています。CSRとは、サステイナブルな社会の実現のために企業が事業の中でどう取り組むかですので、いいクルマづくりとともに、よりよい社会づくりに積極的にかかわっていく姿勢が大変重要と思っています。ステークホルダーは、企業が提供するモノやサービスだけでなく、会社としての行動に信頼がおけるかどうかを重要視する傾向を強めています。
内山田 私たちの事業活動は、地域に受け入れられることが絶対条件であり、さらに共に発展していくことが目標です。トヨタと地域、それぞれのサステイナビリティに矛盾はまったくない、と思っています。その一例が、工場建設ですね。一度つくった工場やその地域とは末永くお付き合いしていく。
これまで、トヨタの事情によって工場を閉じたことは一度もありません。それは自慢できると思います。工場には直接働く人だけでなく、仕入先さん、さらにはその家族、そして地域に生活する多くの人の営みがかかわっています。大きな影響を持つ存在です。ですからこうした多くの人々に、常に思いを馳せながらビジネスをしています。
海野 それがビジョン経営の根本である「トヨタウェイ」ですね。
内山田 日本と海外それぞれの国・地域、確かにモノづくりに対する考え方は違っています。しかし、トヨタの場合、日本も海外もモノづくりについては同じです。そのために社内では海外でもトヨタの考え方を正しく理解してもらうことに心を砕き、変えないでやっています。
グローバルな多様性の中で、ステークホルダーへ情報発信
海野 そのことは社内で徹底しており、非常にすぐれた展開です。一方で、社外のステークホルダーについては、たとえば地域の中でも人材づくりに力を注がれているのに、その努力が社会に十分伝わっていないかと思います。時には会社側を押し通すかの印象も持たれます。国・地域ごとにいろいろ活動しているというだけでなく、しっかり筋道をつけて説明されることで、トヨタという会社の理解が広まると考えますが。
内山田 確かに、「クルマを見ればわかってもらえる、だから一所懸命つくればいい」、「良いことは宣伝するものではない」といった文化が昔からありますね。
海野 日本人同士ならばともかく、海外では多様な価値観が混ざり合っており、自分たちの考えや行いを説明していかないと信頼関係がつくれません。日本流でなく、地域のステークホルダーとコミュニケーションしていくことが基本です。クルマについてはマーケティング戦略をもとに消費者への発信と対応を十分にされているように、社会や地域に対するステークホルダー戦略があっていいと思います。自動車会社だからできる、「いい町・いい社会」に向けた情報発信をもっと期待したいところです。
内山田 私たちは、社会に役立つと信じる活動を推進し、実活動において理解していただくことが大切と考えてしまいがちですが、自分たちが大切にしていることを社会に正しく伝えていく、それが重要なのだと改めて思います。外部の方から率直な評価をいただいて、やり方を工夫しなくてはならないかな、とお話を聞いていて思いました。
海野 それがステークホルダーとの対話でありエンゲージメントと言われるものですね。製品・サービスについてお客様の声を聞いて改善につなげる仕組みは設置されていますが、会社全体の活動について、地域の主要なステークホルダーの声を聞いて応え、経営に活かしていく仕組みも必要ではないでしょうか。地域で問題が起きた時などは、こうした方々がトヨタの有力なサポーターとなってくれるはずです。
トヨタはリーダーシップを発揮し、他分野の事業体と連携した様々な活動にも取り組まれています。従来のクルマ社会を超えたモビリティについて、トヨタは今後どのような方向を目指されているのですか。
内山田 私たちのモビリティへの取り組みは、いきなり新しいものを想定するのではなく現在の延長・進化として、徹底的に突き進めていくことに特色があります。その中でもっとやらなければという課題を見つけて取り組んでいます。その発端はハイブリッドですね。これはテクノロジーではなく、自動車メーカーは資源や環境、21世紀の問題に答える責任がある、そこが出発点でした。その時は燃費の追求でしたが、さらに人口問題や新興国の発展があり、社会としてエネルギーをどう使っていくか、クルマはシステムとして全体の中にどのように組み込まれるべきかが、現在、新たな課題となっています。私たちが東日本で取り組んでいるF-グリッド*は、系統電力の管理だけでなく、通常は自家発電による電気を工場で使い、災害時には地域の重要施設に流すというものです。系統から下りてくる電力、地域から上げる電力、この上と下からのグリッドをいかにうまく使いこなすか、それを実証しています。F-グリッドでは、プラグイン・ハイブリッドも重要な構成要素のひとつであり、クルマがサステイナブルな社会システムの一部として、社会・エネルギーにいかに負のインパクトを与えずに共生していくか、そうした研究を地域と一緒に進めています。
海野 社会の課題に対して、自動車メーカーとしての技術や経験を活かし、多様な分野の様々な立場の人たちと連携しながら取り組んでいるということですね。
内山田 トヨタがいま何を考えているか、そうした情報発信の機会を環境については設けています。2年に1回、政府とメディアを対象に「環境技術フォーラム」を開いていますが、今どのように考え、どの方向へどのような研究をしているのか、かなり詳しく説明しています。また、エネルギー政策に対する提言も積極的に行っています。提言が政策に直ちに反映されるかどうかは別にして、理解に向けて相当努力しています。
*グリッド:F-グリッドの「F」はFactory(工場)
ステークホルダーの声に耳を傾けてより透明性の高い会社へ
海野 最後に、今年度から社外取締役を導入されました。取締役会の透明性だけでなく、意思決定の主要なステージでステークホルダーの関与を組み込むことも大事と考えるのですが。
内山田 仕組みの確保だけでなく、個々の行動そのものがどうであるか、多面的に見ていただき、アドバイスをいただくために社外取締役を設けました。従来から社外監査役を設けていますし、インターナショナル・アドバイザリーボードという、グローバルトヨタへのアドバイザーを世界各地から選び組織してもらっています。また、各国・地域においても、社外からの目で見る体制を統括会社単位で実践しています。日々のオペレーションの中で自動的にガバナンスが発揮される仕組みがベストであり、それを補完するために、いろいろな方々に私たちのオペレーションを見ていただく。それが基本と思います。自社のことは自社の人間でなければわからない、という意見もありましたが、会社の常識と社会の常識が違うのであれば、それを指摘していただく。それがいちばん大切と思って決めました。
海野 私も社外取締役の経験があるのですが、外の人間からの指摘は、それによってすぐには変わらなくても、経営者に緊張をもたらす大きな効果があることを実感しました。
内山田 地域のステークホルダーへの説明責任についても、何が求められているのか、何を伝えていくべきなのかをしっかりと考え、より透明性の高い会社となれるよう努力していきたいと思います。
本日は貴重なご意見をたくさんいただきありがとうございました。今後もビジョン経営を進め、地球の持続的成長に向けた活動を進めていきますのでご期待ください。
海野 みづえ氏 株式会社 創コンサルティング 代表取締役
経営コンサルティング会社においてマーケティング戦略、および環境ビジネスの構築支援を担当。1996年に独立、創コンサルティングを設立。環境・サステイナビリティ分野に取り組むとともに、世界各国の専門家とのネットワークを構築。日本企業のグローバル戦略に視点を置き、独自の分析眼で戦略的CSR・サステイナビリティ分野での経営のあり方について意欲的な提言活動を展開する。