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ここまでの話で分かるように、黒川さんは思想的なものとしてデザインを捉えていきたいという気持ちがあるという。ではそんな黒川さんは、現在の日本の自動車をどのように見ているのだろうか。
「レクサスを1週間ほど試乗したときのことですが、キーを持って近づいただけで鍵が開く。これはウェルカムなんです。クルマが僕のために開けてくれたようなものですから。で、座って説明を聞くと、『クルマを盗まれても心配しないでください。どこにあるか分かりますから』と言われた。つまりトヨタっていうのは走る箱を一生懸命作っているんじゃなくて、お客さんのカーライフをどうハッピーにするかを考えるサービス会社なんだと気づいたんですよ」
黒川さんは以前から、第1次産業や第2次産業といった生産部門は、次第に販売という部分が重要になり、そのうちにメーカー自体がサービス業に変質していくだろうと唱えていた。トヨタがまさにそれを実践する企業で、クルマを作って売るのではなく、クルマで行われるさまざまな文化を売っていることを知って、イメージが上がったそうだ。ただし黒川さんは同時に、それがトヨタ固有の文化であることが大切と添えた。
「文明は誰でもアクセスできるものですが、文化は固有のものです。それをアイデンティティと言ったりもします。トヨタのアイデンティティって何?とか。そこまで踏み込んで考えると、結局、文化として語らざるを得ないんですよね。『トヨタはクルマの企業です』なんて言ったら、他のメーカーと同じになっちゃうから。『トヨタの特別な部分は何なの?』という部分が大切になるんです。もちろんそれ以外に、自動車業界のアイデンティティ、日本というアイデンティティ、東洋のアイデンティティもあるわけです」
大切なのは、それぞれのアイデンティティが、多様性を持ったまま共存すること。それが良い社会を築くというのが黒川さんの主張だ。
「生物の世界なんかそうですけど、いろんな種がいっしょに住んでいると、それが強い社会になるんです。他の種をどんどん排除していって、自分たちだけにすると、病気になりやすく、滅びやすい種になるんです。人間の社会も同じで、ひとつの意見だけにまとめてしまうと、それ以上成長しなくなってしまうんです。異なる文化、異なる意見を持っていて、競争するような社会を作ることが大事なんですね。競争と言っても、『意見が違うからその人とは付き合わん』というんじゃなくて、『おもしろい、握手しよう』というスタンスが重要です」 |
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トヨタの価値基準のひとつであるサービスは、形として見えない部分にある。それは、ヨーロッパ人が持つ「哲学」とは異なる、日本人ならではの「美意識」が深く関わっているという。
「講演などでは、僕には哲学がない、日本人には哲学がないと言っているんです。その代わり美意識はあると。哲学というのは、正義を求める考え方です。誰が正義を決めるのかっていうと、ヨーロッパ、つまりキリスト教でははっきりしていて、神様が決めるんです。だから壮大な理論の王国を作ることができる。日本人は、そういう理論の王国を作るのが下手です。日本では自然の一部として神を考えるという、調和感覚がすべてを支配しているからだと思うんです。この調和感覚を、ひとことで表すと美意識になる。感動、ワクワク、ドキドキって言い換えていいかもしれません」
日本人は太陽そのものよりも、水面に反射する光や太陽が作る影、さらには月が夜霧で霞んでいる様子など、直接的でないほうが美に近いと感じる。こう黒川さんから指摘されて、うなずくしかなかった。最近、この美意識が、ヨーロッパ的な価値観に支配されてきた世界を変えつつあるのだという。
「美意識というのは、日本を含めた東洋人固有の思想と言われていますが、本来はすべての人間が持っていたものだと思うんです。アイルランドの写真家が、『アイルランドも以前は東洋の思想でした』と言っていました。自然がもっとも大切で、自然との一体感こそ価値だったと。つまり東洋、西洋って分けるものではないと思います。だから僕は東洋の文化で、ヨーロッパが作った近代主義を書き直したい。東洋の思想でクルマを作り直してみたいと思いますね。すでに近代を東洋の思想で書き換えることは始まっているんですから。クルマの世界でも書き換わりつつありますよね。東洋の勢力が強くなっているじゃないですか。レクサスのおもてなしも東洋的なもののひとつですし」
さらに黒川さんは、トヨタの目指す方向と時代の流れが一致している部分についても触れた。
「今の時代はツイッターやフェイスブックなど、ネットワークが重要でしょ。クルマが盗まれても居場所が分かるのはネットワークのおかげですよ。もうひとつのキーワードはデジタルです。デジタルがあったからこそコンピュータが生まれ、整理が検索に変わり、センサーの発達がロボットを生んだり、キーボードからタッチパネルに変わったりしてきている。そういった、時代が変わってくるときのキーワードを、トヨタのクルマは全部やっているんです」 |
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この日の黒川さんは運転講習を、まるで若者のように楽しんでいた。クルマ好きであるということは理解はしていたが、ここまで熱心に取り組んでもらえるとは思わなかった。さらにインタビューでは「モビリタには哲学がある」と、講習に込められた意義を黒川さんなりに語り、安全実現の方法については、「クルマ・人・環境」それぞれの視点から解説をしてくれるなど、勉強会といっていいほど内容の濃いものだった。「建築家としての自分のスタイルでクルマを作ってみたい」という提案も参考になった。とにかく興味深い話の連続であり、時間が足りなかったというのが正直な想いである。いずれ続編も考えてみたい。 |
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