モビ・レポ!モビリタを体験したゲストが語る安全の話 プロサッカー選手 楢崎正剛さん 楢崎正剛さん
楢崎正剛 プロフィール
職業:プロサッカー選手 名古屋グランパス ゴールキーパー
生年月日:1976年4月15日
経歴:小学4年生でサッカーを始め、高校では全国高等学校サッカー選手権大会ベスト4
進出、卒業後、横浜フリューゲルスに入団。その後名古屋グランパスへと移籍し
2010年、Jリーグとしては史上初となるゴールキーパーでのMVP(Jリーグアウォーズ・ベストイレブンも同時に表彰)を受賞。
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ブログ:http://narazaki.cocolog-nifty.com/ ホームページ:http://nagoya-grampus.jp/
楢崎正剛さん
1.サッカーとの出会い 2.モビリタ体験を通じて 3.サッカーとドライブの共通点
photo父から学んだ
基本を大切にする姿勢
2010年、念願であったサッカーJ1リーグを制覇し初優勝した名古屋グランパス。18年の歳月をかけて優勝に結び付けたその立役者のひとりがゴールキーパーの楢崎正剛選手だ。サッカー日本代表としてもW杯に4度出場され、数々の記録を打ち立ててきた。昨年は34歳にしてJリーグ最優秀選手にも輝き、長年に渡り注目の選手として活躍されている。 今回は、そんな楢崎選手にスポットをあて語ってもらった。
楢崎選手がサッカーでいつも心がけていることは、「基本を大切にする」という姿勢だという。その基本に忠実なプレーは、意外にもサッカーで目覚める前から実践していた。
「小さい頃からスポーツ好きだったんですが、父が学生野球の経験があったこともあって、幼いころは野球をやっていました」
著書「失点」によれば、『ボールはグローブに右手を添えて、両手で受けなアカン』とお父さんに言われ、キャッチボールがきちんとできないと、バットを振らせてもらえなかったとある。基礎が重要であることを、楢崎少年は体で覚えていった。これが現在の「基本を大切にする」プレースタイルに受け継がれているというのだ。その後、小学4年生のときにサッカーのクラブに入り始めてサッカーに没頭するようになっていった。中学では奈良県選抜や関西選抜、高校ではユース選抜に選ばれるなど、早くから頭角を現してきた楢崎選手は、高校を卒業した1995年にJリーグ選手となる。
「小学校から高校にかけて、少しずつステップアップは実現してきたので、近い目標を一つひとつクリアしていけば、プロでやっていけると思っていました」 基本を大切にするという考えが根付いていた楢崎選手は、慌てず騒がず、しっかり土台を作ってから試合に出ようというスタンスで取り組んだ。そんな中、出場機会は間もなく訪れた。当時の正ゴールキーパーが長期の出場停止となった機会を活かしルーキーの年にJリーグデビューを華々しく飾ったのだ。
photoプロのサッカー選手・GKとして求められるモノとは!?
サッカーはもっとも1点が重い競技のひとつではないかと思う。だからこそ、ゴールキーパーの責任は重い。ではそんなポジションをプロとして15年以上も務めている楢崎選手は、どこにやりがいを感じているのだろうか。
「その重さがやりがいなんです。僕よりボールが後ろに行っちゃえば点が入ってしまうという責任とか、失敗が許されないという緊張感とか、ときには嫌な気持ちになるんですけど、そういうことがないと上達しないし、それが楽しみでもあるんです」
ミスが絡んで失点した日は、眠れないときもあるという。でもその悔しさが、次の試合で取り返そうという原動力になっているとのこと。そういう気持ちを持てなくなったら終わりだとまで言い切る。
もっとも楢崎選手がゴールを守るのは、自分の責任のためだけではない。ディフェンダーなどのミスをカバーして失点を防げば、その選手が自信を喪失することはなく、次回挽回のチャンスが生まれる。こうした助け合いの精神がチームの信頼につながっていくことまで考えているのだという。
「ただキーパーの場合、自分で点を入れるわけじゃないので、すぐに挽回することは難しい。何試合もかけて取り返さなければいけないし、それでも無理かもしれないですけど、僕らの仕事はそういうものだと思います」
ミスが起こっても次に引きずらず、平常心に戻したうえで、プレーのレベルアップを心がけていく気持ちが大事だと語る楢崎選手。それは、幼少の頃にお父さんから叩き込まれた「基本を大切にする」ことと無関係ではないだろう。
photoクルマで走ることがホント好きなんです
こうして日本を代表するゴールキーパーへの階段を昇っていった楢崎選手が、免許を取ってハンドルを握ったのは、レギュラーを獲得した1年目のオフシーズンだった。
「理由ですか?いろんなところに自由に行きたかったからです。当時は寮に入っていたんですけど、練習場がクルマじゃないと行けない場所にあったんです。先輩のクルマに乗せてもらっていたんですけど、自分のリズムで行動できないのが好きじゃなくて(笑)。最初のチームは横浜だったんで、東京にも興味があったし」
と言いつつ、免許を取って最初のドライブは奈良への帰省だった。うれしさのあまり実家まで走っていったという。クルマ選びについては、結婚し、子どもが生まれる過程で、少しずつ変わっていったそうだ。
「最初は大きなSUVなどを乗っていたんですが、結婚したら嫁さんから、大きくて運転しにくいと言われ、子どもができたら今度は、大きいほうが子どもを乗せやすいと言われ...。今はアルファードに乗っています。家族が良ければ僕にもストレスはないので(笑)」
自分に厳しいゴールキーパーは、家族を愛する良き父親でもあったのだ。ではそんな楢崎選手はモビリタで何を感じたのか。次のページで紹介していこう。
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