モビ・レポ!モビリタを体験したゲストが語る安全の話 レーシングドライバー  中嶋 一貴さん 中嶋 一貴さん
中嶋 一貴(なかじま かずき) プロフィール
職業:レーシングドライバー
生年月日:1985年1月11日
主な経歴:10歳よりカートに乗り始め、1996年にカートレースデビュー。2002年、フォーミュラトヨタ・レーシングスクールのスカラシップを獲得。以降、全日本F3選手権、SUPER GT、F3ユーロシリーズなどへ参戦後、2008年からの2年間、AT&TウィリアムズからF1世界選手権にフル参戦。2012年は、ル・マン24時間耐久レースのドライバーに決定している。
中嶋 一貴さん
1.ル・マンへの挑戦 2.F1で得たこと 3.クルマの楽しさ
日本人初のF1フルタイムレーシングドライバー、中嶋悟さんを父に持つ中嶋一貴さん。カート、グランドツーリングカー、フォーミュラーカーなど、さまざまなクルマを駆ってきたドライビングプロフェッショナルが考えるクルマの楽しさとは。そして、F1での経験でより高まったという「安全」への意識とは。

photoル・マン完走に必要なのは、冷静さ
2012年、トヨタはフランスのル・マンで行われる世界三大レースのひとつ、ル・マン24時間耐久レースに参戦する。マシンは「TS030 HYBRID」。ルマンを含むFIA世界耐久選手権では初のハイブリッドシステム採用マシンでの参戦であり、ワールドワイドで300万台以上のハイブリッド車を販売したトヨタならではのアプローチといえる。
ル・マンでは、1台のマシンを24時間、3人のドライバーが交代で操る。その中のひとりとして、中嶋さんが抜擢された。16歳でフォーミュラトヨタ・レーシングスクールの門戸を叩き、四輪のレーシングドライバーとしてのスキルを磨き続けてきた中嶋さん。F3やGP2、F1での経験と実績もある。2011年に初参戦したフォーミュラ・ニッポンでは第2戦で優勝、シリーズ2位と大健闘した。
「一貴はすごく頭がいいドライバー。レースの組み立て方がうまいし、何より冷静な判断ができる」。全日本GT選手権、GT300クラスのシリーズチャンピオンを獲得した元レーシングドライバー、鈴木恵一さんの弁だ。レースのことも中嶋さんのこともよく知る彼は、こう評した。
F1の最高時速は約300km。常に集中と緊張を強いられるレース中、ドライバーの心拍数は1分間に160〜180回にも昇るという。ともすれば熱くなりがちなレース中においても、中嶋さんのピットとのやり取りは極めて冷静で明瞭だ。「まるでデスクの前に座っている人と話しているかのよう」と言われるほどに。 「闘争心を前面には出さないドライバーだと思われているでしょうね。F1のウィリアムズ時代は、『もっと我を出して暴れてみろ、バッドボーイになれよ』と何度も発破をかけられました。確かに僕は、気持ちをきっちりコントロールするタイプ。その方が結果が出るんです」

photo モータースポーツは基本的にチームスポーツだ。監督と戦略を話し合い、身体で感じたマシンの状態をメカニックやエンジニアらにフィードバックする。つまりドライバーには速さだけでなくコミュニケーション能力、チームワークも求められる。特にル・マンのような24時間耐久レースでは、中嶋さんの得意とする冷静な判断と高いコミュニケーション能力が、タイヤマネジメントなどの技術と合わせて大きな力となるはずだ。
「ル・マンは、冷静さを最後まで保てた人が完走できるレース。時間が長いぶん計算ごとが多いため、エンジニアの力がより必要です。逆に、多少のピットストップミスは挽回の可能性もある。チームの結束がF1よりも大きくモノを言いますし、自分にも向いているんじゃないかな」
photoレースとともに生きる覚悟
中嶋さんが物心ついたときから、もうレースは身近にあった。F1レーシングドライバーだった父、悟さんが出場したレース中継をリビングで観戦したり、レース場へ応援に出向いたりしていたからだ。やがて幼心にも「レーシングドライバーになりたい」と思い始めた。
その一方で、レーシングドライバーの生活がどれだけ大変なことか、ぼんやりわかっていたという。そんなに簡単になれる職業じゃない──。あきらめのような気持ちは常につきまとっていた。 そんな気持ちで将来の目標を明確に口にできないまま、2001年、本人曰く「なんとなく」フォーミュラトヨタ・レーシングスクール(FTRS)を受講。結果、最終選考でスカラシップを逃してしまう。「うまく走れていない。ダメだ」と自身が感じた通りだった。
photo 「当時、どうしてもスカラシップを穫りたいという気持ちが薄かった。FTRSにも見透かされていたと思いますね。コーナリングセオリーも頭ではわかってるけど、身体が追いついていかなかったんです。感覚任せをやめて、理論的にイメージトレーニングを始めました。学校の授業中にミッションの動きをイメージしたり、足を動かしてみたりして」
レースは、クラスが上がるほど実車で練習しにくくなる。逆に言えばその他で何を練習できるか考え実践し続けることが、大きな差となっていく。「とにかく、やってみなければ何も始まらない。中途半端は止めてスカラシップは必ず穫る。将来はレーシングドライバーになるんだ」と心に決めたときから、顔つきまでが変わった。「レーシングドライバー 中嶋一貴」はこうして誕生した。
NEXT F1で得たこと
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