座っている時間を健康改善の時間に変える研究?!座っている時間を健康改善の時間に変える研究?!

2021年10月12日

座っている時間を健康改善の時間に変える研究?!

  • SDGsアイコン 目標3:すべての人に健康と福祉を

20XX年の未来……、もしかしたら全自動運転、一家に1台のホームロボット、移動空間がオフィスになるなど、技術革新によって、もっと便利で豊かな生活ができるかもしれません。でも病気になりやすく寿命が短くなってしまうとしたらどうでしょう?座位時間が長ければ身体活動量が低下し、疾病リスクが増加し、死亡リスクが上昇するという研究結果があります*1-5。現在の日本人の座位時間(中央値)は7時間*6であり、体を動かさない未来ではもっと座位時間が増えていくことが予想されます*7。そこで私たちは、「座る時間が長くても健康を改善できないか」と考え、2020年よりこの研究を始めました。今回はその取り組み内容についてお話します。

リハビリテーション支援ロボット開発での経験を活かして

一般に、健康を高める3原則は『運動』、『睡眠』、『食事』と言われています。その中で、私たちは脳卒中などによる下肢麻痺のリハビリテーション支援を目的としたロボット「ウェルウォークWW-2000」の製品開発(図1)で培ったノウハウを活かし『運動』に着目しました。運動について「効果」と「継続性」の軸で世の中の方法を整理(図2)してみると、「効果は高いが継続性が低い」、もしくは、「効果は低いが継続性は高い」ものが多く、両方を満たすものが少ないのが分かりました。そこで私たちは、「座位時間=運動時間」というアプローチで効果と継続性の両立を目指しています

  • ウェルウォークWW-2000ウェルウォークWW-2000
    図1. ウェルウォークWW-2000
  • 既存の運動方法(継続性と効果の軸)既存の運動方法(継続性と効果の軸)
    図2. 既存の運動方法(継続性と効果の軸)

高齢者施設での運動量の低さに注目

トヨタの健康保険組合の施設の一つに老人保健施設ジョイスティ(以下、ジョイスティ)があります。ジョイスティでは、新型コロナウイルス感染症防止のため施設内の階の移動制限があり十分なリハビリ機会が得られず、入居者の運動量の確保に悩みを抱えていらっしゃいました。一般に運動量が低下し座位時間が長くなると筋力低下や骨が脆くなっていくだけでなく関節の可動域が狭くなり、歩行や立ち座り時の転倒リスクが高まります。私たちは、このような高齢者が一人でも安心して下肢運動量を増やせる機会を提供したいと考え、トヨタ記念病院の医師や理学療法士、ジョイステイスタッフに意見をいただきながら表1のような座ったまま「足漕ぎ運動」ができる器具を提案しました。

  • 開発機器の要求事項開発機器の要求事項
    表1. 試作器具の要件

また足漕ぎ運動器具の有効性検証においては、 (株)豊田中央研究所と共同で有限要素人体解析モデルを活用し、その結果、器具ステップを前後に移動させたり傾けたりすることで、使う関節可動範囲が変わること、そして、器具使用時の最大負荷時(40W)でも各関節負荷は起立動作や歩き出しに比べて十分小さいことが確認できました(図3)

  • 豊田中央研究所との共同研究 有限要素解析モデルを用いたシミュレーション結果豊田中央研究所との共同研究 有限要素解析モデルを用いたシミュレーション結果
    図3. (株)豊田中央研究所との共同研究 有限要素人体解析モデルを用いたシミュレーション結果
  • 開発した運動機器の特徴開発した運動機器の特徴
    図4. 開発した足漕ぎ運動器具の特徴

出来上がった試作器具は図4をご覧ください。座ったまま使え、膝に負担のない楕円軌道、虚弱高齢者にも優しい低負荷(5W~40W)であり、使用者の関節可動域に合わせた調整に加えて、可搬できるサイズにしました。また一緒に運動する仲間とともに漕いだ距離に応じて小さな達成感が得られるよう神社の御朱印をもらうゲームを導入し、運動を継続するモチベーションを高める工夫も取り入れました。
ジョイスティのご協力のもと、試作器具を約2ヶ月間、週5日、1日10~15分程度施設入居者に使用いただいた(図5)結果、関節可動域の拡大(図6)、歩行能力の向上(図7)、バランス能力の向上 (図8)、立ち上がり能力の向上(図9)など日常生活動作維持・向上に一定の効果が確認できました。

  • リハビリの様子(老人保健施設ジョイスティ協力)リハビリの様子(老人保健施設ジョイスティ協力)
    図5. 足漕ぎ運動のリハビリの様子(ジョイスティ協力)
  • 足関節(右足)-底屈 ROM評価結果足関節(右足)ー底屈 ROM評価結果
    図6. 足関節(右足)-底屈関節可動域[deg]
  • 10m歩行速度測定結果10m歩行速度測定結果
    図7. 10m歩行時間[sec]
  • 片脚開眼立位保持時間の評価[sec]片脚開眼立位保持時間の評価[sec]
    図8. 片脚開眼立位保持時間[sec]
  • 30秒立ち上がりテストの評価[回]30秒立ち上がりテストの評価[回]
    図9. 30秒立ち上がりテスト[回]

オフィスでも、座位時間を健康増進時間に変えてみよう!

先述の豊田中央研究所との共同研究の際、背もたれのない状態で足漕ぎ運動をする場合、体幹が左右に振れるためバランスを崩さないように体幹の筋力を使っていることが分かりました。
それをヒントに詳しく人間の構造を調べてみると、人間には運動連鎖というメカニズムがあり、足を動かした場合に、足関節、膝関節、股関節、体幹へと動きが連動していくことが分かりました
また、下肢から体幹への運動連鎖を引き起こせば、座位のまま下肢の運動をした際に同時に腹直筋や腹横筋、脊柱起立筋に代表される体幹筋の運動も実現できることを見出しました
加えて、このような運動をする際、利用者が着座する座部が固定されていると骨盤の動きが鈍くなるので下肢と体幹との運動連鎖を阻害するため、あえて座部を不安定にすることで下肢と体幹との運動連鎖を実現できることを発見しました
さらに、足漕ぎ運動を横長の楕円軌道にして、座部に左右の旋回自由度(ヨー軸)を持たせると歩行に近い下肢や体幹の回旋の動きになることも分かりました(運動の様子は動画をご確認ください)。

  • 下肢運動に応じて運動連鎖で体幹も動く揺動椅子(動画)下肢運動に応じて運動連鎖で体幹も動く揺動椅子(動画)
    動画 足漕ぎ運動の運動連鎖で体幹も動かす揺動椅子とその動き(右、モーションキャプチャー)

運動連鎖を活かし、座りながら短時間で効果的な運動を

そこで運動連鎖がより効果的に起きるように、足漕ぎ運動を横長の楕円軌道を持ち、座位部が不安定で、かつ、左右の旋回自由度(ヨー軸)を持ったオフィス用の試作器具を新たに制作いたしました。実際に運動習慣がないデスクワーカー(被験者2名)に3か月間、足漕ぎ運動を継続してもらったところ、被験者Tさんは100kgから91kg 、被験者Aさんは67kgから63kgという体重減少効果が見られました。また相乗効果として、姿勢を維持する筋力アップの成果で猫背の改善も見られました。また試作器具を自席の下に置いておくと、毎日席に座るたびに自然と足漕ぎステップに足を乗せて、漕いでしまうことも嬉しい気付きでした。1年経過した現在でも、オフィスにいながら運動が続けられ、減量した体重は維持されています。座位時間を健康増進に変えるため、「効果と継続性」を両立する器具が試作できたと思います。今後、この試作器具の効果を継続して検証していきます。

今後の研究の目標について

私たちはこの研究を通じて、運動しながらココロも軽やかになる体験をいたしました。その経験を活かし次は「どうしたら座位中にカラダとココロがもっと元気になれるのか?」をテーマに研究を続けていきます。また、座れば座るほど姿勢が良くなったり、腰痛・肩こりの改善に寄与したりする研究や、これまでの研究から得た着想を用いてヒトの行動の先読み技術の研究を進めていく予定です。その結果はまたこの場でご報告できればと思っています。

  • 著者と研究メンバーの写真著者と研究メンバーの写真
    著者(上段真ん中)と研究メンバーの写真

著者:青木英祐 R-フロンティア部 第1ロボティクスG 主幹 博士(科学)。医療・ヘルスケア領域の新規事業開発に興味を持ち、ジャパン・バイオデザイン フェローシッププログラムを修了(2017-2018)。デザイン思考やニーズ・ドリブンでヒト研究を推進。2021年現在 保有特許(登録) 49件。

参考文献

*1:
岡 浩一朗, 杉山 岳巳, 井上 茂, 柴田 愛, 石井 香織, Neville OWEN: 特別報告 座位行動の科学―行動疫学の枠組みの応用, 日健教誌 第21巻 第2 号 2013年より
*2:
van der Ploeg HP, Chey T, Korda RJ, et al. Sitting time and all-cause mortality risk in 222,497 Australian adults. Arch Intern Med 2012:172:494-500
*3:
Owen N, Healy GN, Howard B, et al. Too much sitting: Health risks of sedentary behaviour and opportunities for change. Research Digest published quarterly by President's Council on Fitness, Sports & Nutrition 2012;13:1-11
*4:
Dunstan DW, Howard B, Healy GN, et al. Too much sitting--A health hazard. Diabetes Res Clin Pract2012, 97,368-76.
*5:
Thorp A, Owen N, Neuhaus M, et al. Sedentar ybehaviors and subsequent health outcomes: a systematic review of longitudinal studies.1996-2011, Am J Prev Med 2011;41:207-215
*6:
Bauman AE, Ainswor th B., Sallis J, et al. The descriptive epidemiology of sitting: A 20-country comparison using the International Physical Activity, Questionnaire(IPAQ). Am J Prev Med 2011;41:228-235
*7:
Ng SW, Popkin BM. Time use and physical activity: a shift away from movement across the globe. Obes Rev. 2012 Aug;13(8):659-80. doi: 10.1111/j.1467-789X.2011.00982.x. Epub 2012 Jun 14. PMID: 22694051; PMCID: PMC3401184.

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