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JPN /
The future of
mobility will
augment our bodies.

未来のモビリティは、
私たちの身体を
拡張していく。

  • 暦本純一

    研究者

テクノロジーによって身体が拡張されていく未来がもうすぐそこまで来ています。風と一体化するような乗り心地でドライバーに新鮮な身体感覚を与え、都市の新たな楽しみ方を実現する乗り物「i-ROAD」もまた、ひとつの「身体拡張」と言えるかもしれません。AR技術などを駆使して、人間の能力拡張や未来のスポーツ研究を行うヒューマンコンピューターインタラクション研究者の暦本純一氏に、モビリティや環境によって拡張していくこれからの身体と、これからの都市について尋ねました。

    • 暦本純一

      東京大学大学院情報学環教授。ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長。ヒューマンコンピューターインタラクション研究者。世界初のモバイルARシステム「NaviCam」、世界初のマーカー型AR 「CyberCode」、マルチタッチの基礎研究を世界に先駆けて行うなど、常に時代を先導する研究活動を展開している。位置情報とAR技術を核とした新事業を展開するベンチャー、クウジット株式会社の共同創設者でもある。2007年に国際学会ACMよりCHI Academyを授与される。

      https://lab.rekimoto.org

スポーツは
もっと拡張できる

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暦本教授は「ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)」の分野において、世界的に活躍されていますが、現在はどんなテーマに取り組んでいるのですか。

コンピュータと人間、テクノロジーの関係を研究し続けていますが、最近はその中でも「ヒューマンオーグメンテーション(人間拡張)」の研究を進めています。使いやすいスマートフォンを設計するアプローチのように機器とのインタラクションを改善していくというよりも、人間とより一体化して人間の能力そのものを向上させていくにはどうすればいいか、という話です。

その流れから、最近では「IoA(インターネットオブアビリティ)」という概念を提唱されていますね。この言葉について詳しく教えていただけますか?

ひと言で表現するなら「人間の能力そのものを、ネットワークを超えて共有し合う技術」でしょうか。こう言うと突飛に聞こえるかもしれませんが、20世紀に超能力という言葉で表現されていた数々の能力は、今、テクノロジーによって実現されていると思うのです。離れたところにいる人の考えがわかる「テレパシー」などは、SNSなどによって実現されだしているともいえますよね。

さらには、カメラやセンサーを利用するVR(ヴァーチャルリアリティ)の技術を使えば、あたかもその人がどこか別の場所にいるような状態(テレプレゼンス)を実現することもできます。

また、スポーツそのものをテクノロジーで拡張できるようになります。たとえば私の研究プロジェクトのひとつである「ジャックイン」では、ウェアラブルの全周カメラで撮影した映像を映したHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を使って、まるで自分が他人の身体に入り込んだような感覚を得られる体験を構築しています。たとえば、プロアスリートの見ている視点を見てもらうと、その視点に成り代わって自分がスポーツをしているような感覚を体験できますし、コーチが自分の中にジャックインしてきて教えてくれる、という応用も可能になります。

また、テクノロジーは身体トレーニングにも有効です。何かのスポーツをするとき、カメラ付きのドローンが自分の動きをリアルタイムで全周囲から撮影してくれるようになれば、フォームの矯正などにも役立てられるでしょう。自分を外から見る、つまり幽体離脱を工学的に実現しているわけですが、これも超能力的な発想かもしれません。

高齢者のリハビリや運動が苦手な人にも役立ちそうですね。

はい。私自身、スポーツが得意ではなかったので、「どうすればテクノロジーでスポーツを楽しめるようになるか」という方向に興味がありました。「IoA」とは、テクノロジーを取り入れることによって、人間の行動を活発化させたり、能力を引き上げるものだと思っています。私自身も、体に自作デバイスを装着してランニング時の走行記録や身体データなどを計測したりしているうちに、だんだんジョギングが継続できるようになりました。

このラボ内にある「AquaCAVE(アクアケーヴ)」は、プールで泳ぐというスポーツの体験をVR映像と組み合わせる研究です。水槽型プールの壁面が立体プロジェクションになっていまして、その映像からは、海のサンゴ礁の中を泳ぐようなものもあれば、宇宙遊泳やマンハッタン上空をヒーローのように飛んだりする疑似体験も可能です。スイマーのモデルを投映すれば水泳トレーニングの改善にもなると思っています。

またテクノロジーは、まったく新しいスポーツも生み出すことができます。たとえばドローンそのものがボールに組み込まれた「HoverBall(ホバーボール)」という研究をしています。宙に浮いたボールが自在に方向を変える「球技」があったら、魔球のような技が実現できる。体力や能力に応じて速度を調整することもできる。そうなったら、大人も子ども身体能力のボーダーを超えて対戦できるようになるでしょう。

都市空間に溶け込む
テクノロジー

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都市とスポーツの関係についてはどうお考えですか。たとえば、暦本研究室のプロジェクトに、都市空間の中にセンサーを設置して、人々のランニングフォームを記録する「Running Gate(ランニングゲート)」がありました。

「Running Gate」はジョギングのトレイルコースの途中にセンサーを設置したゲートを用意し、ランナーがそのゲートを通り抜ければ、とくにマーカーなどを装着せずにランニングフォームを三次元で測れるというものでした。これは、テクノロジーを都市という環境の側に埋め込むという発想に基づいています。

スポーツ以外にも、都市にテクノロジーを実装する方法にはどんなものが考えられるでしょうか。

未来の建築のために「Squama(スクアマ)」というスマート窓の研究もしています。これは「都市で生活する人が快適になるために、環境のほうから変化させられないか?」といった着想から生まれました。Squamaは「鱗(うろこ)」という意味ですが、窓の透明度を部分的に変化させられる技術です。たとえばビルの表面にSquamaを使えば、日差しが眩しいようなときに「ここだけ暗くしたい」といった場合に、その部分だけに影を落とすことができるようになる。

「窓に液晶技術」というと、そこに情報を出したりするということになりがちですが、情報が溢れた世界は果たして快適なのか、という懸念もあります。むしろ、様々な人々が行き交う都市の中で、一人ひとりの快適な空間を生むために、「眩しい」、「プライバシーを守りたい」といった生活のプリミティブな欲求を解決する方向に興味を持っています。

人々のパーソナルでプリミティブな欲求を補完するテクノロジーとは、どういったものになると思いますか?

リアルな身体感覚と、テクノロジーがもたらす体験のハイブリッドに可能性があると感じています。そのためには、視覚を中心とするVR技術を研究する一方で、デジタルでは置き換えられない体験についても知る必要があると思っています。例えばHMDでリアルなお寿司の映像を見られたとしても食べられません。そもそもコップ一杯の水すらVRでは再現できないわけですね。先ほどの「AquaCAVE」では、視覚の部分にVRを使いますが、実際に泳いでいるときの水の抵抗感といったリアリティを担保するため、実際に水槽内で泳いでもらうようにしています。

VRで再現できるリアリティと現実の間には差があるので、よく言われるように、仮想の世界へ行きっぱなしということはないと思います。一方で、テクノロジーだけで実現できないことは、人間が「幸せ」を感じる領域のほうにたくさん残っていくのではないでしょうか。

身体と機械との一体感を味わう

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テクノロジーによって人の身体感覚が拡張されるようになると、私たちとモビリティの関係性も変わっていくのでしょうか。

例えば、スキーを思い浮かべると、雪面からの摩擦を感じながら、自分の身体が傾いてターンをうまく曲がれたとき、自分とスキー板とが一体になったように感じることがあると思います。

モビリティでも同じく、人工知能によって自動運転が実現化されつつある一方で、機械と人間が一体化することで味わえる「心地良さ」を求める方向も育っていくと思うのです。

初めてi-ROADに乗る前は「バンクしたとき、横に倒れるんじゃないか?」という印象がありましたが、そのような心配はありませんでした。絶妙に倒れない仕組みを保持しています。精妙な技術によって、むしろ中身の仕組みのことを忘れるくらい、ドライバーが車を乗りこなして純粋な一体感を楽しめるようになる。身体が傾くと、車体も傾くというフィジカルな体験がそのまま返ってくる。テクノロジーが人間に大きな楽しみをもたらしてくれる例ではないでしょうか。

これからのモビリティは、どのような存在になっていくと思われますか。

おそらくより一層の「上質な体験」をもたらすもの、といった位置付けになると思います。特に交通インフラが整った都市においては、移動という体験の価値そのものが重要視されるようになると思います。乗り心地をさらに追求したり、テクノロジーを運転の喜びに役立てたりする流れにテクノロジーは分かれていくのではないでしょうか。

あるSF作品の描く未来では、「テレポーテーション(瞬間移動)」が一般的になった社会において、最も贅沢な体験は「クルマに乗って移動すること」でした。「移動のためにゆっくり時間を使えるくらい、私には余裕がある」ということが一種のステータスになっているのです。自動運転やUber(ウーバー)のようなサービスの進展は当然あるでしょう。しかし、なぜ人間はスポーツをするのかといった問いと同様で、必ずしも利便性の追求だけではない、乗る楽しみをテクノロジーによってより向上させる方向も発展すると思っています。

暦本先生が未来のモビリティを生み出すとしたら、どんなものを作ってみたいですか。

道路を走っているとき、周りのモビリティがシマウマやサイに見えるようなAR(拡張現実)つくってみたいなどと思いました。何の変哲もない高速道路の景色が、途端に野生のサバンナを走り抜けるような疑似体験に取って代わる。そんな都市空間を走るのは、ワクワクしますよね。もちろん、そのときのテクノロジーが安全運転を保証してくれた上で、ですが(笑)。

Edit by Arina Tsukada / Text by Hirokuni Kanki / Photo by Takeshi Shinto / Translation by Luke Baker