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The tearoom is “mobility”
that invites one on a
journey to the
extraordinary.

茶室は、
非日常の旅へと誘う
モビリティだ。

  • 松村宗亮

    茶人 SHUHALLY 庵主

茶の湯の世界には、どれだけ周囲が騒がしい街なかでも、茶室に入ればすっと山の中に入り込んだような感覚を得られるという「市中の山居」という概念があります。一方で、パーソナライズされた移動空間を提供し、都市の楽しみ方を拡張する乗り物「i-ROAD」が目指すものも、都市生活における市中の山居と呼べるでしょう。現代的な茶の湯のあり方を追求する茶人・松村宗亮氏を訪ね、「茶」の世界から、現代の都市をもっと楽しむための視点について伺いました。

    • 松村宗亮

      1975年 横浜市生まれ。2004年 英国国立Wales大学大学院日本校 経営学科卒業(MBA) 学生時代ヨーロッパを放浪中、日本人でありながら日本文化を知らないことに気づき、帰国後茶道を始める。2009年 裏千家茶道専門学校卒業、2009年 茶道教室「SHUHALLY」を開始。2010年 裏千家十六代坐忘斎御家元命名「文彩庵」で2010年度グッドデザイン賞受賞。

      http://www.shuhally.jp

現代の「市中の山居」を目指して

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松村さんはフランスに留学後、ヨーロッパを旅している間に日本文化の価値に気が付き、お茶を始められたそうですね。松村さんを魅了した茶の楽しみとは何だったのでしょう?

私は横浜で生まれ育ち、多くの人がそうであるように、日本文化を特別に意識することなく生きていました。しかし海外に出てみると、出会う人はみんな日本の文化に強い関心があり、とくにフランスなどでは日本の古典芸能から映画に至るまで、日本人の私よりも遥かに詳しい人がたくさんいます。この時、自国の文化について何も知らないことを思い知らされました。その悔しさから父の知人を通じて茶の湯の先生のもとに通うようになったんです。

茶の湯の世界には厳格なルールや作法がたくさんあるのですが、それらは形式にすぎず、関わる人の生き方のすべてが投影されて完成するのが本来の楽しみです。茶を考えることは、自分はどう在るべきかを考えること。それを師匠に教わったとき、自分と同世代の人にも、この茶の湯の深い楽しみを伝えたいと思いました。

そして、29歳の時に覚悟を決め、京都にある裏千家学園茶道専門学校に3年間通い、卒業後に茶道教室「SHUHALLY」を立ち上げました。

「SHUHALLY」の名前の由来を教えていただけますか?

茶人・千利休が遺した茶の湯の心得である「守破離(しゅ・は・り)」に由来しています。もともとは「能」のお稽古の成長過程に用いられる言葉で、「守」とは伝統と基本に忠実であること。そして基本を繰り返し習得するうちに「こうした方がいいんじゃないかな?」と自分なりに応用するようになる。それが「破」です。最後の「離」とは、守と破の段階を経て、自分の形をつくり、離れて発展していくことを意味します。

SHUHALLYと横文字にしたのは、もっと多くの人にお茶の世界に親しみを持ってもらうため。また「シュハリ」という言葉は、日本文化に深く根ざした価値観でありながら、どこか日本的ではない音の響きがあるなと思い、それが私の考える茶の湯のコンセプトと似ていることから名づけました。

松村さんの茶室「文彩庵」は、大都市・横浜のマンションの一室にあります。こうした現代の都市の中で、どのような茶の湯のあり方を模索されているのでしょう?

それを考えるなら、茶の湯の歴史のお話からしましょう。日本に茶が伝わったのは平安時代、唐時代の中国からもたらされ、最初は薬と考えられていたものです。その後、15世紀に茶人・村田珠光によって「草庵茶の湯」が考案されます。現在の四畳半の茶室もこの時代の頃に生まれました。

その後、16世紀に登場した千利休が「わび茶道」として茶を大成させるのですが、豊臣秀吉の側近でもあった千利休の生きた社会は、戦国時代真っ只中。つまり茶の湯とは、何かと社会に負担が大きく、制限のある世の中で発展した文化なんです。当時の武将や商人は、山中などの自然豊かな場所、「山居」で過ごす、穏やかで静かなひと時「遁世」に強い憧れを抱いて生きていました。

そこで、京都や堺などの大都会の「市中」に、山居のような佇まいを設け、浮世離れに憧れる客を茶人がもてなした。それが茶の湯の原風景であり、そこから生まれたのが「市中の山居」という概念なのです。

それを現代に読み替えることで生まれたのが私の茶室、文彩庵です。忙しい大都会に生きる現代人でも、仕事帰りにふらりと立ち寄り、安らぐ時間を過ごせる現代の「市中の山居」を作ろうと考えました。

文彩庵を見渡すと、現代アーティストの作品が点在していたり、茶室内にはLEDで輝く「光畳」があったりと、松村さんは茶室にも、道具にも、斬新な工夫を数多く採用されています。常々、伝統文化はその型を“守”ることが重要だと思われる側面がありますが、松村さんは自分なりの「守破離」をどう考えられているのでしょう?

なかなか斬新だと言われます(笑)。しかし重要なのは、伝統を更新することだけが「離」ではないということ。「離」してもなお、また「守」に戻り、ふたたび「破」、「離」というサイクルを自ら体現してゆくことが、本質的な学びをもたらしてくれるものなのです。

たとえば茶の湯における「茶室らしさ」とは何が決めるのでしょう? 私の考えでは、「非日常の旅に誘う結界」を持つ空間かどうかに重きを置いています。

伝統的な茶室には、露地、にじり口、四畳半の畳といった形式的な特徴がありますが、私はたとえ畳がなくとも、それが「非日常への旅」を実現するために亭主が凝らした工夫であれば、それは「茶室」といえると思っています。音、光、色彩……どんな要素を用いても良い。つまり茶室とは、「非日常への旅」へと誘うモビリティとも言えるでしょうね。

400年を超えて受け継がれる、
創造的破壊の力

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現代らしい茶の湯の形とは何でしょう?

茶の湯がもっとも盛んだった約400年前は、当時流行していた最先端の文化が茶室で融合し、まったく新しい美意識を生み出していました。まさにそれが千利休の「創造的破壊」と私が感じる美意識の創造です。その時代だからこそできる最先端の表現、最高の技術、最良のおもてなしを採り入れて進化してゆくことは、現代においても、茶の湯の本来の伝統なのではないかと思うのです。

千利休の「創造的破壊」について詳しく教えていただけますか。

わかりやすい例を挙げるとすれば、千利休が茶道具に用いた「樂茶碗(らくぢゃわん)」でしょう。黒く、表面のなだらかな凹凸が自然な曲線を描くこの茶碗は、当時の価値観からするととても意外で、みんなが目を丸くするようなものでした。

なぜかといえば、時代は豪華絢爛な安土桃山文化。富を持つ者たちからは、「キンキラキン」の美しさがもてはやされていました。しかし千利休は、元瓦職人が手びねりでつくった樂茶碗こそが「茶の理にかなっている」と採用したんです。

当初は驚かれたこの茶碗ですが、しばらくすると時代の価値観は彼の美意識に魅せられることになる。この頃から、樂茶碗はもちろん、青磁の美しい花器の代わりに、近くにあった竹の筒を花入れとして採用するなど、シンプルで簡素な日本の美学、その後の「侘び・寂び」と表現されるものにも近い感覚が生まれていきました。

千利休が生み出した「引き算」の美学は、当時の茶人や為政者たちはもちろん、400年後の私たちにも引き継がれています。そうした彼のイノベーション力と美意識には、尊敬と同時に悔しさすら感じますね。

パーソナルモビリティが
変える、
日常の旅

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i-ROADは、日々の移動体験をアップデートするパーソナルモビリティですが、茶の世界における「モビリティ」には、どんなイメージがありますか?

昔の茶人は、日常の旅こそを大切にしていたと思うんです。彼らが遺した日記を読んでいると、狭い京都の市中とはいえ、今であれば電車や自動車を使うような距離を平気で歩いて行っているんですよね。昔の人は健脚だったんだなとも思わされますが、結果的にその日常の旅が、お茶の世界も「一期一会」とよく言われるように、人との出会いをより特別なものにし、いただくお茶を至福の一服にしていました。

今日はじめてi-ROADに乗ってみましたが、一般的な自動車に比べて目線も低く、外界がより近く感じられるので、自分と車が一体化した「ウェア」に近い感覚を覚えました。これまで「乗る」ものだった自動車の機能を削ぎ落とし、パーソナライズすることで、モビリティは「身にまとう」ものとも考えられる。カッコいいウェアを着て街を歩くのが楽しいように、カッコよく身にまとって移動できるのは魅力的ですね。

現代の都市生活では、多くの人がスマホを持って、SNSというパーソナルなデジタル空間とリアルな物理空間を行き来しているように、乗り物ももっとパーソナルになっていくんでしょうね。自分だけの居場所があるi-ROADなら、窓を開けた時の風や匂いを感じたり、ちょっと立ち寄ってお花でも買ってみたりとか、記憶に残る移動の体験ができる。そのとき、新たな「一期一会」が生まれるのかもしれません。

Edit by Arina Tsukada / Text by Akihico Mori / Photo by Takeshi Shinto / Translation by Luke Baker