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日本パーカライジング株式会社 WAVEBASE導入事例 研究開発を加速する"セレンディピティ"
日本パーカライジング株式会社 WAVEBASE導入事例 研究開発を加速する"セレンディピティ"
2025.12.26
金属の表面に様々な機能を付与する表面処理薬剤を開発してきた日本パーカライジング株式会社。同社の総合技術研究所の一部門、コア技術研究部機能性皮膜設計第二センター(以後、機能性皮膜設計第二センター)は、アルミニウムをはじめとする非鉄金属材料に、親水性や防錆性といった機能を付与する表面処理技術の中核を担う部門だ。
「地球上に限りある資源の有効活用を図り、あらゆる素材の表面改質を通じて、資源の新しい価値を創造し、地球環境の保全と豊かな社会づくりに貢献します」という企業理念のもと、研究員たちは日々新たな機能を持つ皮膜の開発に取り組んでいる。
しかし、研究開発における課題は大きかった。これまでの材料開発は、研究員一人ひとりの経験や勘に依存する部分が大きく、重要因子を突き止めるには膨大な時間を要していた。実際、ある特定の成分が性能に与える影響を解明するために、何年もの歳月を費やすことも珍しくなかった。
加えて、DXやIT活用の重要性が社内で叫ばれながらも、研究開発の現場では「どのように具体的に取り入れるのか」という構想段階で停滞していたのである。研究員の多くは処理や評価などの実験に集中したいという思いが強く、新しいITツールの導入には消極的な姿勢を示していた。
この状況を打破すべく、同センターが導入したのがマテリアルズインフォマティクス(MI)を活用するシステム「WAVEBASE」だった。
(新研究所共同実験室にて 左から福士英一氏、松本優規氏、足立湧綺氏)
WAVEBASEとの出会いは偶然の訪問から始まった。ある日、トヨタ自動車からの紹介でデモを体験する機会があり、機能性皮膜設計第二センターのセンター長である福士英一氏(以下、福士氏)は驚きを隠せなかった。
福士氏は当時を振り返る。「私は以前から『処理液組成が、ある皮膜形態を介し、要求される性能に効いているはずだ』という仮説を持っていました。ところが、従来のデータ解析では、それを裏付けるのに長い年月が必要だったのです。実際に、この仮説を立ててから確信を得るまでに数年を要していました。ところが、WAVEBASEにデータを入力したところ、翌日には同じ因子が重要だと提示されました。『自分の何年もの試行錯誤は何だったのか』と驚かされました。」
(総合技術研究所コア技術研究部機能性皮膜設計第二センター センター長 福士英一氏)
このデモの結果は、単なる偶然ではなかった。システムは統計学的根拠に基づいて、福士氏が長年の経験から導き出した仮説と同じ結論を瞬時に提示したのである。
この体験をきっかけに、「研究員の勘や経験に依存しない、新しい研究開発体制を築けるのではないか」という期待が社内に広がり、試験導入を経て正式導入へと進んだ。
新しい仕組みを導入するには、当然ながら社内の理解を得る必要がある。特に研究員の多くは「実験こそ全て」という意識を持っており、ITツールの検証に時間を割くことへの抵抗感もあった。また、MIやAIといった新しい技術に対する認知度も十分ではなく、「本当に研究に役立つのか」という懐疑的な声も少なくなかった。
福士氏は当時の状況をこう説明する。「最初は『本当に役に立つのか』という懐疑的な声もありました。研究員は自分の経験や直感を大切にする傾向があり、データ解析ツールに対しては慎重な姿勢を示していました。そこで、画像解析による結果を社内で共有しました。数値や画像として『ここが性能に効いている』と直感的に示すことができたのは大きかったです。理解が一気に進みました。」
特に効果的だったのは、実際の実験データを用いたデモンストレーションだった。WAVEBASEが画像から抽出した特徴量(特徴量:機械学習のモデルに入力するデータのことで、学習する対象のデータの特徴や属性を数値として表す。)と、実際の性能データとの相関関係を視覚的に示すことで、研究員たちはシステムの有効性を実感することができた。
導入を後押ししたのは、ノーコードで扱える直感的な操作性と、手厚いサポート体制だった。研究員自身がプログラミングをする必要がなく、導入直後からすぐに解析を始めることができる。さらに「欲しい機能があれば迅速に検討・実装してくれる」というベンダーの姿勢が安心感をもたらした。
では、実際に研究の現場でWAVEBASEはどのように活用されているのか。機能性皮膜設計第二センターの足立湧綺氏(以下、足立氏)は具体的な運用についてこう説明する。
「私たちの研究は、水準を考案し、評価物を作製し、性能を評価し、その結果を考察して次の水準を決める、という開発におけるPDCAサイクルの繰り返しです。WAVEBASEでは、性能評価の際に得られた画像から特徴量を抽出し、回帰分析を用いて『どの部分が性能に寄与しているか』を明らかにします。さらに、データセットを読み込んで相関関係や予測モデルの精度を確認し、次の実験条件を決める際の参考にしています。」
(総合技術研究所コア技術研究部機能性皮膜設計第二センター足立湧綺氏)
具体的には、表面処理後の皮膜の顕微鏡画像をWAVEBASEに入力すると、システムが自動的に特徴量を抽出する。これらの特徴量と実際の性能データとの相関関係を解析することで、どのような皮膜構造が優れた性能を発揮するかを定量的に把握できるようになった。
従来の手法では、研究員が目視で画像を観察し、経験に基づいて判断していたが、WAVEBASEを活用することで、人間では気づかない微細な特徴も数値化して評価できるようになった。
こうした一連の流れにより、研究の効率は大幅に向上。人の勘や経験に頼る部分が減り、データに基づいた判断が可能になった。
WAVEBASE導入によって得られた効果の一つが、研究開発における新しい発見の促進だ。機能性皮膜設計第二センターの松本優規氏(以下、松本氏)はこう語る。
「従来は、作業者の思い込みや経験に基づく解釈が議論の中心でした。『この条件だと性能が良くなるはず』という予想のもとで実験計画を立てることが多く、議論も感覚的なものになりがちでした。WAVEBASEでは統計学的な解析結果に基づいて議論できるので、より深く、より建設的な議論が可能になりました。」
(総合技術研究所コア技術研究部機能性皮膜設計第二センター松本優規氏)
さらに福士氏は、システムがもたらす"思いがけない発見"についてこう語る。「我々はよく『セレンディピティ』という言葉を使います。思いもよらない因子や水準が提示され、それを試してみると性能が大きく向上することがあるのです。従来なら絶対に思いつかなかった条件が、新しい研究の突破口になる。これは研究者にとって非常に大きな価値があります。」
実際に、WAVEBASEが提案した実験条件を試したところ、従来の性能を上回る結果が得られた事例もあった。このような発見は、研究員の固定観念を打破し、新たな可能性を示してくれる貴重な体験となっている。
こうした発見は単に効率化にとどまらず、イノベーションの源泉となっている。
実際に利用してみて「すぐに解析を始められる」「直感的に操作できる」といった使いやすさが高く評価されている。特に規定フォーマットを備えたCSVをダウンロードできるため、初心者でも迷わず分析データを入力できる点が好評だ。
足立氏は使いやすさについてこう評価する。「ノーコードツールであるため、プログラミングの知識がなくても解析を始められます。データセットの入力フォーマットも明確で、サンプルファイルをダウンロードできるので、初めて使う人でも迷うことはありません。」
また、サポート体制の手厚さも高く評価されている。エラーが発生した際の対応が迅速で、新機能の要望に対しても早期に検討・実装してもらえることが、継続的な利用の決め手となっている。
一方で改善点も挙げられた。足立氏は指摘する。「プロジェクト一覧画面に更新日が表示され、過去の解析結果をスムーズに探せると良いです。」また、解析途中にエラーが発生した際に原因が分かりづらい場合もあり、「解析手順書」にエラーのトラブルシューティングがあると今後さらに使いやすくなると期待している。
現在、機能性皮膜設計第二センターでの成功事例をもとに、他部署への展開も進められている。福士氏はこの取り組みについてこう語る。
「我々三人がパイロットケースとして活用方法を確立し、その成果を社内に紹介しています。『こういうことができるのです』『こんな発見がありました』と具体的な事例を示すことで、他の研究員にも関心を持ってもらえるようになりました。」
ただし、部署によって研究の特色や課題が異なるため、単純に同じ手法を横展開するのではなく、それぞれの部署の特性に合わせたカスタマイズが必要だと考えている。
WAVEBASEの活用はまだ始まったばかりだ。松本氏は今後の期待についてこう語る。
「材料データベースとの連携によって、社内に知見のない『全く新しい材料』を提案してもらえるようになれば、研究開発はさらに進化すると考えています。既存の枠にとらわれない新しい発見ができるはずです。」
現在検討されているのは、外部の材料データベースとWAVEBASEを連携させ、目標性能を達成するために有効な材料候補を自動的に提案するシステムだ。これが実現すれば、研究員が思いつかないような新規材料の探索が可能になり、イノベーションのスピードがさらに加速すると期待されている。
現在は機能性皮膜設計第二センターが中心となって運用しているが、今後は他部署へも展開し、全社的に研究開発の基盤として浸透させていく構想だ。
最後に、これからWAVEBASEの導入を検討する企業に向けて、松本氏はこうメッセージを送る。
「研究開発の生産性向上は、多くのメーカーに共通する課題です。WAVEBASEは多機能でありながら、単なる効率化にとどまらず、新たな観点での実験設計を後押しするツールだと思います。導入や社内推進には時間がかかるかもしれませんが、粘り強く取り組むことで必ず成果につながります。同じユーザーとして、このシステムを盛り上げていきたいですね。」
福士氏も付け加える。「MIの導入には社内の理解と協力が不可欠です。最初は小さな成功事例を積み重ねることから始めて、徐々に社内に浸透させていくことが重要だと思います。」
日本パーカライジングが掲げる「変革への挑戦」は、WAVEBASEを活用したMI導入を通じて確実に前進している。経験や勘に頼らず、統計学とデータ解析を武器にした研究開発は、これからの材料科学における新しいスタンダードになり得るだろう。
同社では2025年に新しい総合技術研究所を開所し、「変革への挑戦」を会社方針として掲げている。WAVEBASEを活用したMI導入は、まさにこの方針を体現する取り組みとして位置づけられている。
その挑戦は、単なる効率化にとどまらず、"セレンディピティ"という偶然の発見をもたらし、新しい技術と価値を社会に届ける原動力となっている。研究員の能力を超えた新たな発見の可能性を秘めたWAVEBASEは、日本パーカライジングの未来を切り拓く重要なツールとして、その価値を発揮し続けている。
(2025年7月開所 日本パーカライジング株式会社 新総合技術研究所)
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