小さな“KAIZEN”で
「もっといい明日」をつくる

TOYOTA KAIZEN MOVEMENT プログラム
近年目覚ましい成長を続ける、カンボジア。
首都プノンペンには、高層ビルが立ち並ぶ。
一方で歴史的な混乱を背景に、人や教育の課題を抱える。
トヨタ自動車は、医療支援に取り組むNPOと共に、
現地スタッフの心の中に「KAIZENマインド」を育てていく。
地方病院の課題に向き合うことで、
この国の「もっといい明日」が見えてくる。

じっと待ちつづける患者さん。それが地方病院の日常

 首都プノンペンから北へ35km。かつてカンボジアの首都であった地方都市ウドンで、公立ポンネルー病院(以下、PL病院)と、特定非営利活動法人ジャパンハートが運営する、ジャパンハート医療センター(以下、JH病院)が、二人三脚で日々、大勢の患者の診療にあたる。PL病院は貧困層の診療費が無料、JH病院には小児がん専門医が常駐しており、遠方から来る患者も多い。
 早朝、2つの病院の総合受付の前には、多くの患者が待っている。朝から並び、診察順がくる頃には日が暮れていることもある。来院順の診察を行うことは難しく、長く待った末にその日の診察を諦め、帰らざるをえない患者もいる。
一日の大半をこの受付で過ごす患者や付き添いの人々は、仕事や学校に行けない。妊娠中の女性も、学校に行きたい子どもも、じっと待つしかなかった。

公立のPL病院と日本のNPOジャパンハート医療センターが併設し、地域医療にあたっている。

KAIZENプログラム前の病院の朝の風景(8:30)。
受付を待つ多くの人が列をなしている。

出産率の高いカンボジアでは、妊婦の来院も多い。「大きいお腹で長時間座っているのは辛い」と横になる患者もいる

 それがこの病院の日常風景であり、課題だった。JH病院事務スタッフのワンさんは、プログラム実施前の日常について申し訳なさそうにこう話す。
「以前は、長い待ち時間に怒り出す患者さんがいたり、我々スタッフが患者さんの道案内などに時間を取られて本来の仕事ができず、それがまた待ち時間を増やしたりしていたんです」

Elrophi lin(25)、Mapashita(3) の母娘(右)。娘の耳の治療のため、タイの国境近くからバスで7時間かけて通院する。この日も30分の診療のため、8時間待った。「(待ち時間は)長いが、娘のためには仕方ない。」

患者さんの笑顔が"KAIZEN"を後押し

 そんな風景は、2018年〜2019年の間で、二度に渡って行われた「TOYOTA KAIZEN MOVEMENT プログラム」によって変化していく。トヨタの生産現場で行われているTPS(トヨタ生産方式)を用いて、病院の抱える問題の解消に取り組む活動で、両院の事務スタッフ・医師、トヨタの従業員など、多くの人が協力し合い、進められた。
たとえば移動導線の明確化。診察室までどうやっていけばいいかわからず、迷子になってしまう患者のため、ペンキを床に塗り、道のりの色分けを行った。文字や数字が読めない患者も「色に沿って歩く」ことで迷わず移動できる。スタッフが患者から道を聞かれる負担も減ったという。
ほかにも診察番号札の導入や、受付でカルテをすぐに出せるようにファイル整理をするなど改善を重ね、患者の待ち時間平均は「従来の半分」まで、減らすことができた。

広い病院の中で、約7割の患者が、受付後どこに行ったらいいか分からず迷子になっていた。病院内に引かれた鮮やかな5色の導線で、その数は2割になった。

カイゼンプログラム前のカルテ棚の様子。整理させておらず、再診患者のカルテを見つけるのに、とても時間がかかっていた。

カイゼンプロジェクト後のカルテ。番号ごとにケースに収納され、再診患者のファイルを簡単に見つけられるようになった。

 中心となって動いた、ワンさんはこう話す。
「患者さんの待ち時間が半分になり、我々も本来すべき仕事に集中できるようになりました。新たな課題にも、スタッフ同士で相談して決めていけるようになると思います。みんなのモチベーションも上がっています」

ワンさん

 カンボジアでは現在多くの若者が給料などの好条件を求めて、首都プノンペンでの就職を望むという。このプログラムの中心となって動いたJH病院のソペアップさんも、実は一度その選択肢を考えた。
「以前は、『仕事は収入を得るため』と捉えていたため、一度は条件の良いプノンペンへの転職を考えました。しかし一度目のKAIZENプログラムで、病院運営における問題点がわかり、解決する方法までわかるようになって、毎日が楽しくなったんです。今私は、できるだけ長くこの病院で働きたいと考えています」(ソペアップさん)

「より良くしたい」。芽生えた想いが大きな未来につながる

 このプログラムを通訳兼運転手として間近で見てきたシーコンさんは、そんな二人の変化を感じ、この国の未来を想う。
「悲しい歴史によって教育者が少ないこの国では、『道徳心』を磨く教育がまだまだ十分ではありません。仕事にお金以外の意義を感じたり、人の役に立つことを喜びとして感じられたりする人は少ないんです。二人のような若者が増えてくれると、カンボジアはもっと良い国になると思います」
 医療の届かないところに医療を届けるべく、2004年の設立以来、国際医療ボランティアでこの国の人たちの幸せをサポートしてきたジャパンハート。管理部門責任者の山下さんはこう話す。
「本来の幸せは、我々のサポートがなくなっても、この国の人たちで、同じような医療が続けられることだと考えています。ワンさんソペアップさんのような人材を育てて、 いつか病院運営を任せていきたいです」
プログラムによって改善した一つひとつは、小さな工夫かもしれない。しかしその「KAIZEN」は、地域の病院の当たり前を「もっといいもの」にする。現地スタッフ一人ひとりの視点が上がることで意識が変わり、次なる成長に繋がっていく。

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