シミュレーションおよびバーチャル環境を活用したパネル交換作業工程のカイゼンシミュレーションおよびバーチャル環境を活用したパネル交換作業工程のカイゼン

2022年03月28日

シミュレーションを活用して施工作業員をラクにしたい!
~カイゼンで工事期間を短く PART2~

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トヨタ自動車 未来創生センターでは、革新インフラ技術研究の一環として壁面ソーラーパネル(以下、PVパネル。PVはPhotovoltaicの略)の施工方法の開発を進めてきました。今回、首都高PVパネルの実証評価の完了に伴い、PVパネルを元の遮音壁に復旧する工事(図1)が実施されました。そこで本工事を題材に、「そこで働いている人をよりラクにしたい」というトヨタのカイゼンの原点に立ち返り、株式会社大林組(以下、大林組)および株式会社豊田中央研究所(以下、豊田中央研究所)と共同でカイゼン活動に取り組みましたので紹介します。

  • 太陽光発電パネル交換工事の流れ
    図1 パネル交換工事の流れ

働く人をラクにするカイゼンとは

― 今回のテーマである「作業員をラクにする」ためにどのようなことをしたのでしょうか?

酒井:まずは前回同様に作業効率の向上です。今回も大林組とパネルを交換するための装置を共同開発しましたが、今回のカイゼンでは「流れの良い作業工程」を考えることを意識しました。

これは、作業員が極力手を止めることなく作業を続けられるように、作業内容や手順を整えることです。クルマの運転を例にすると、流れの良い道路の場合、渋滞に巻き込まれたり、赤信号で止まることも少なく、一定の速度で走り続けられ、目的地に早く着けますし、燃費も良くなりますよね。つまり流れを良くするというのはムダな時間を無くし、働く人をラクにすることにつながっています。

― クルマの場合はそうかもしれませんが、人が「手を止めることなく作業し続ける」と聞くと全然ラクになっていないように、むしろ肉体的負担が上がってしまうように思えますが

酒井:確かに重量物を素手で扱うような非常に疲れる作業を休まず続けるのは無理でしょう。そこで、今回は肉体的に負担の大きい工程を特定し、その工程の作業カイゼンを進めることで、肉体的に負担の少ない作業ができるようにカイゼンしました。また1日の作業時間を、休憩時間を除いて7時間以内と決めました。

つまり、今回の取り組みは作業する手はある一定時間は止まらないけれども、作業中の肉体的負担が少なく、疲労回復の時間も入れたラクな工程を作ることです。先のクルマの例でいえば、目的地まで早く楽に到達し、次の予定開始時間までに休憩するイメージになります。

シミュレーションで撤去方法を検討

― 撤去作業の工程をカイゼンするにあたり、今回はシミュレーションを活用されたと聞いています。どういったものでしょうか?

酒井:一言でいうと首都高での工事をバーチャル上で再現したものです。

今回の工程カイゼンの最大の課題は工場の生産ラインと異なり、カイゼンしたい撤去場所の状況が当日にならないと分からないことでした。

工場では実際の作業を観察して、何が問題かを目で見て確認してカイゼン案を検討し、それを実践して効果を確認することができます。しかし工事の場合はそれができません。そのため、作業工程の多くの部分を想像で語っているため、チーム内で情報を共有する際、断片的な図や言葉だけで正確に伝えることはとても困難でした。

そこでバーチャル上に首都高の一部を再現し、その中で作業の流れを確認し、カイゼン効果の検証を進めることになりました。

― バーチャル上の作業場所を使ってカイゼンを繰り返すわけですね!バーチャル上のシミュレーションについて、より具体的に教えてください

酒井:まず地形や構造物・施工機械など目に見える部分を3DCG*1で再現しました。そして今回のカイゼン対象は作業員の働き方です。そのために作業員もバーチャル上に再現し「彼らが同環境下で他の作業者や機械と連携しながらどのように動くのか」を見える化しました。

シミュレーションの結果、従来の装置を使うとPVパネルから遮音壁に交換する作業員と支柱に穴をあける作業員が、互いの作業が終わるのを交互に待っているという、流れの悪い工程になっているのが分かりました。

この問題は装置を大型化することで両者がそれぞれの作業を同時にできるようになり、待ち時間を短縮できることがシミュレーションで確認できました(図2)ので、大林組に知見を織り込んでいただきながら大型化したパネル交換装置を試作していただきました。(大型化したパネル交換装置については、大林組リリースをご覧ください。)

  • 作業流れのカイゼン前後の待機時間比較
    図2 カイゼン前後の待機時間比較

― 流れの良い作業工程にカイゼンできたのですね。もう一つの肉体的負担についてのカイゼンはどのようにバーチャル上でシミュレーションしたのでしょうか

酒井:肉体的負担が大きい工程になっていないかを確認するために、筋肉の疲労度を数値化しました。今回の取り組みの中でこの「疲労度」という考え方がとても大切なポイントです。

作業者は負荷が大きい作業でなくても、軽作業を繰り返し実施し続ければ疲弊してしまうこともあるでしょうし、疲弊していたとしても休憩を挟めば作業が再開できることもあるでしょう。つまり、同じ作業をするにしてもその順番やタイミングによって疲れ方が変わってきます

そこで豊田中央研究所と連携し、疲労の蓄積と回復を考慮できる「筋疲労モデル*2*3を導入しました。支柱穴あけ作業について実際に疲労度を計算してみると、カイゼン前はある程度疲労が回復した後も待機している時間が長かったのに対し、作業の流れだけをカイゼンすると十分な回復時間が取れなくなり、肉体的負担が悪化していることがわかりました。

対策として、作業時間の長いケガキ作業(支柱に穴あけ位置の目印を書く作業)や肉体的負担の大きい工具位置合わせ作業を補助する治具を新たに導入するなど、作業内容をカイゼンしました。その結果、作業員の肉体的負担を低減するだけでなく、作業時間を短縮することで回復時間を確保できるようになりました(図3)。

  • シミュレーションを活用した支柱穴あけ工程の肉体的負担と回復
    図3 支柱穴あけ工程の肉体的負担と回復

作業工程カイゼンを進めた結果、シミュレーション上、当初は一枚当たり14分(作業6分、回復時間8分)かかっていたパネル交換サイクルが最終的には8分(作業5分、回復時間3分)で交換できるようになりました(動画)。実際に工事をした作業員からは「作業がやりやすくなった」、「以前のやり方に比べて疲れにくい」、「明らかに作業の流れが良くなった」とのポジティブなコメントをいただくことができました。

今後の展望について

― 最後に今後の展望について教えてください

酒井:今回ご紹介した筋疲労モデルや作業シミュレーションはまだ発展途上のため、比較的規模の小さい工事でトライしました。今後、より規模が大きく、より正確なカイゼンにレベルアップするため、様々な企業・研究者と連携しシミュレーション技術の精度を上げ、より作業者に寄り添ったカイゼンが提案できればと考えています。

  • 大林組、豊田中央研究所、トヨタ混成チームによる太陽光発電パネル交換プロジェクト
    図4 プロジェクトメンバーの写真(筆者は前列、右から3番目)

著者:酒井 伯文(さかい のりあき)
R-フロンティア部 第2インフラシステムグループ 主任
これまではパートナーロボットのメカ設計や評価及び生産設備に関するデータ分析を担当。本プロジェクトにおいてはシミュレーターの企画・実装部分を実施。

参考情報

*1:
3次元コンピューターグラフィックス
*2:
Frey-Lawらのモデルを活用
Ting Xia, Laura A. Frey Law, "A theoretical approach for modeling peripheral muscle fatigue and recovery", Journal of Biomechanics, 41(2008), pp.3046-3052.
*3:
John M. Looft, Nicole Herkert, Laura Frey-Law, "Modification of a three-compartment muscle fatigue model to predict peak torque decline during intermittent tasks", Journal of Biomechanics, 77(2018), pp.16-25.

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