2016トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバルin神宮外苑会場(聖徳記念絵画館)にて。布垣(左)、増田氏(右)

スペシャル対談

心の豊かさをデザインする

~人の幸せを自分の幸せと感じる「利他」の精神~

社会貢献推進部は、
「社徳デザイン部」なんだと思う。

布垣 増田さんは大のクルマ好きですよね。増田さんが経営するTSUTAYAの新しい形態「代官山 蔦屋書店」にもクルマ関連の本が多いですね。

増田 僕の唯一の趣味がクルマなんです。まあ、いろいろなクルマに乗りました(笑)。日本は高度成長後、豊かになった。だけど、人生を楽しむためのお金の使い方の勉強をしていません。これじゃ、日本の経済はよくならない。60代、70代の人の消費を促すライフスタイルを提案しようというのが、代官山のコンセプト。つまり、もっとカーライフや食事を楽しみましょうと。

布垣 それはクルマにも言えて、日本でももっと車を文化として楽しめるようにしていければと思っています。今回増田さんにもご覧いただいたクラシックカー・フェスティバルもトヨタ博物館主催で毎年開催しています。新車の技術を磨くことに加えてこうした車の楽しみ方の幅広さや奥深さを知っていただく事は心の豊かさにも通じますし、ものづくりの質を押し上げていく事にもなると思います。

増田 そうですね。今は文化と文明がクロスしている時代だと思います。文明とは、合理性と便利さを追求するもの。文化とは豊かさを求めるもの。クルマは文明によってうまれ、今、文化となったのではないでしょうか。移動の手段から、憧れのライフスタイルの一部に組み込まれています。

布垣 今の若い人たちにとっては、そういう部分が見えにくくなっているのではないかと、ちょっと心配しています。

増田氏

増田 豊かな時代っていうのは「モノ的消費」じゃなくて「脳内消費」、つまり「幸せなイメージの消費」なんじゃないかと思います。これからの時代のクルマは、機能や価格を競うだけではなくて、脳内消費を刺激するようなアイコンみたいになるんじゃないでしょうか。

布垣 なるほど。SNSに「いいね!」がありますよね。私は文化とは「いいね!」の集大成じゃないかと思います。国、企業、社会でも共通して「いいね!」と、強く感じ、蓄積されたときに文化になるんじゃないでしょうか。どんなに頑張って作っても、受け入れてもらえなければ文化どころか商品として流通しない。受け手と作り手がコミュニケーションを重ねて……。

増田 育んでいく。

布垣 そう。育んでいく。トヨタ自動車はもともと創業者が、自動車産業を通じて世の中を良くしていきたいと考えました。TSUTAYAのコンテンツも、カルチャーとして人の心を豊かにし、社会を良くしている。蔦屋書店でコーヒーを飲みながら、本を読んだとき、こういう生活もいいなとつくづく感じました。それぞれの会社が提案するものに、消費者も共鳴していただくことが必要ですね。

増田 そうですね。その原点にあるのは、人それぞれの憧れのライフスタイルの提案。つまり、「脳内消費」なんです。

布垣 なるほど。トヨタもただクルマを作るのではなく、「愛車」と言っていただけるクルマを目指しています。会社自体にも「人徳」のような「社徳」があるとしたら、社会貢献推進部は、そのカタチを描く「社徳デザイン部」なのかなと……。

増田 へえ、社徳デザインですか、おもしろいですね。

布垣 これまで社会貢献は企業が余力でやる慈善事業みたいな概念があったかもしれない。でも、もうそういうものじゃなくなっている。一番象徴的だったのが2011年の東日本大震災の時でした。多くの企業や人は、お金の余力があったから手を差し伸べたわけじゃなく、その企業なり人として何ができるかを考えて、みんなが動いた。

増田 僕は、恵まれない人とかハンディキャップを持つ人のための事業は、本来は国が税金を使って担うものだと思っています。だから企業の社会貢献というのは、当たり前のことですが税金を払うことが最も大事だというのが僕の理念です。

布垣 もちろん税金を払わなければいけません。リーマンショック後、トヨタも危機の時代がありました。その時に、そもそも会社はサステイナブルな存在でなくてはならず、サステイナブルな会社とは社会に「この会社はあったほうがいいよね」と思われるような存在になることだと考えたんです。

増田 なるほど。僕も常々日本人の生活様式の根元にあるものは、「利他」だと思っている。つまり、人の幸せが自分の幸せだと感じることですね。布垣さんがおっしゃった「徳」と通ずるかもしれない。これがね、日本の文化が世界から支持される根源だと思う。つまり、資本主義の原点は利己主義です。だけど、日本人がそもそも持っている価値観は狩猟社会のように食うか食われるかではなくて、農耕社会で育まれた、みんなのためにみんなで働くという利他の精神ではないかと思う。

もう一回、利他に戻れば、
もっと違う幸せが見つかるんじゃないかな。

布垣 他人を思う、利他主義なんですね。

増田 そう。利他を僕らに教えてくれるのが文化、生活様式なんですよね。だけど、日本人が、最近は個人主義になっている。だから、もう一回、利他に戻れば、もっと違う幸せが見つかるんじゃないかな。僕らが幸せを感じたりするときって、やっぱり人を喜ばしたときなんだよね。

布垣 ありがとうと言われたら、うれしいですものね。

増田 そう。それで幸せを感じる。1万円札をなんぼ積んだって、幸せになれません。これからの社会は「利他」という精神を持っている人の集団であることこそ、価値があるんじゃないでしょうか。

布垣

~対談を終えて~

TSUTAYAを創業したすごい方……というこちらの気構えとは裏腹に、会った瞬間から気さくにお話しいただき、始終笑顔の対談でした。TSUTAYAが売っているのはモノではなくライフスタイル……というお考えは、単なる移動手段ではなく“愛”のつくクルマ、愛車となれることを目指すトヨタにも通じるものがあるように感じました。
「利他」の精神は健康にさえ影響するそうで、ボランティアに参加すると長寿にも良いとの研究結果もあるとか。それは、人だけではなく企業にも当てはまるのかもしれません。(布垣)

  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社
    代表取締役社長兼CEO
    増田 宗昭

    1951年大阪生まれ。大学を卒業後、株式会社鈴屋に入社。軽井沢ベルコモンズの開発などに携わる。1983年、同社を退社し、「蔦屋書店(現・TSUTAYA枚方駅前本店)」を創業。1985年、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)株式会社設立。

  • トヨタ自動車株式会社
    社会貢献推進部 部長
    布垣 直昭

    1958年京都生まれ。入社以来、東京、欧州デザイン拠点などに赴任。多くの新コンセプト車の立案や商品化、ブランド戦略にたずさわった。グローバルデザイン統括部部長などを経て現職。トヨタ博物館館長兼務

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