棚田に吹くイノベーションの風

1000年の里山に笑顔の連鎖

岡山県 上山集楽(しゅうらく)
みんなのモビリティプロジェクト
息を吹き返した棚田のあぜ道を、超小型モビリティが走る。
岡山県美作(みまさか)市上山(うえやま)地区。
都市からの移住者がもたらした新風がきっかけだった。
撮影:英田上山棚田団

「年を取ったら、こんな笑顔になりたい」と思った。

 奈良時代から続く棚田の村に都市から若者たちが移住した。2007年だった。村は高齢化し、人口は最盛期の5分の1程度に減っていた。多くの田んぼは荒れ果て、雑草が生い茂っていた。若者たちは眼前に広がる荒れた棚田の再生を目指し、移り住んできたのだった。
 若者を中心に20〜60代のメンバーがつくったNPO「英田上山棚田団」(以下、棚田団)のリーダーの一人、梅谷真慈さん(通称うめちゃん)を引きつけたのは、上山地区に暮らすお年寄りたちの、人なつっこい笑顔。「年を取ったら、こんな笑顔になりたい」。うめちゃんたちの思いは定まった。

撮影:高田昭雄

 いったん荒れてしまった棚田の再生は困難を極めた。夏場になると雑草はいくら刈っても、次から次へと生えてくる。最初は「棚田の再生なんかできん」と言っていたお年寄りたちも、気の遠くなるような作業に黙々と精を出す若者の姿を見て、手助けするようになる。お年寄りたちの農作業の知恵が若者たちに伝わっていった。
 上山地区にあった8300枚の棚田のうち約2000枚が2016年までによみがえった。10年近くの歳月が経っていた。
 棚田の村は日本の過疎地域の典型だ。戦後、地方の若者は仕事を求めて都会に移った。その中でも棚田のある地域は地形が険しい山間部などに多く、田畑を守るには人手がかかる。人口減少が地域に与える打撃は大きかった。
 苦労してよみがえらせた棚田を前に、うめちゃんは「地形に合わせてつくるから、田んぼの形はみんな違う。一枚一枚が宝です」と言い、上山で生まれ育った須田悦子さんは「上山に住む私たちは、お米の味にはうるさいんですよ。手をかけてつくっているから、こだわりがあるんです」と笑った。
 手がかかる子供ほどかわいいのと同じだろうか。若者たちとお年寄りが手をかけ、再生した棚田はみんなのかけがえのない存在となった。うめちゃんには今年、赤ちゃんが生まれ、里山に久しぶりの産声が聞こえてくる。

上山育ちの須田悦子さん。

上山の梅谷さんご夫婦。

「モビリティが引き寄せる未来の笑顔」

 若者たちの移住から約8年、2016年から新たな取り組みが上山地区で始まった。棚田団とみんなの集落研究所が、美作市、岡山大学などと連携した「上山集楽みんなのモビリティプロジェクト」だ。公共交通機関が少なくなった里山で、移動の自由を改善することで、集落を活性化し、住民の方々の豊かな暮らし、地方創生の実現を目指すプロジェクト。
 このプロジェクトをトヨタ・モビリティ基金は約3年半、助成する。15台の超小型モビリティ「コムス」が導入され、社会実験が進んでいる。
 坂道やカーブが多い村の細い道では車のすれ違いも難しい。お年寄りは運転が億劫になり、自宅にこもりがちになる。コムスはその点、運転しやすい。お年寄りの外出も増えたようだ。
「移動の途中にお年寄りと会うとついつい話し込んで、なかなか目的地にたどりつけないほど」とうめちゃんは笑う。超小型モビリティが地域のコミュニケーションを増やし、コミュニティの連帯感を増していくのかもしれない。
 もちろんコムスには改善の余地がある。急な坂道でもっとスムーズに発進できたり、草刈り機などを簡単に乗せられるような工夫があればもっと使い勝手はよくなる。
 1000年を超えて伝えられてきた棚田を維持する知恵を、若者たちがよみがえらせた。そこに新たなテクノロジーが加わり、過疎化・高齢化した未来に新しい価値を生み出そうとしている。

© 内田伸一郎

記事をシェア
閉じる