今までの生活が一変した。2005年8月末にアメリカ南東部を襲ったハリケーン・カトリーナ。米国史上最悪の自然災害の一つに数えられる。ハリケーンはルイジアナ州、ミシシッピ州を中心とする約23万平方キロメートルの地域に深刻な影響を与えた。実に日本の本州の面積に匹敵する広さだ。被害の大きかったルイジアナ州ニューオーリンズ市では、堤防の決壊によって市街地の約8割が水没、被災者は100万人規模に膨らみ、40万人の市民が避難生活を送った。
その中で、セントバーナード地区の被害は、特に甚大だった。
被災した人たちが以前の生活を取り戻せるようにと、全米はもちろん、世界中からたくさんの支援の手がさしのべられた。
弁護士のザック・ローゼンバーグさんと教師リズ・マッカートニーさんは、NPO『セントバーナードプロジェクト』(以下、SBP)を災害直後に立ち上げた。住宅の再建を支援するためだ。退役軍人やボランティアの手によって5年間でおよそ400戸を超える家を再建してきた。しかし、同時に限界も感じていた。
途方もない災害の爪あとからみれば、400戸を再建したと胸を張れるものではなかった。5年間、必死で住宅再建をしてきたが、もう限界だった。
ちょうどその時、トヨタとの出会いがあった。ローゼンバーグさんは振り返る。「大きな壁に当たっていました。家が再建できず、いつ家に帰れるのかわからない人たちが、まだたくさんいました。その頃、トヨタのモノづくりのノウハウが家づくりにも応用できることを知ったんです。家づくりのプロセスをトヨタと共に考えたのです。」
「トヨタ生産方式(TPS)」がローゼンバーグさんらの活動に生かされた。TPSは各工程の部品や作業の流れをムダなく、スムーズにする。最近では、モノづくり以外の現場でも、サービス業、農業、医療などで活用されている。
SBPでは多くのボランティアの手によって、現在も住宅再建が 進められている。
トヨタはSBPと共に再建プロセスの見直しや効率化に着手した。例えば、工具や部品がどこにあるのかを見やすい一覧表にし、探す時間のロスをなくす。材料の無駄を減らすことにより、建設費の圧縮、ゴミの削減に繋がった。一つ一つは些細な改善だったが、積み上げれば、大きな効果があった。1軒の建築に12~18週間程度かかっていた工程を、6週間程度にまで短縮することができた。この結果、SBPは延べ15万人のボランティアの手を借り、その後の5年で1400軒の家を建てることに成功した。
作業進捗や工具などの場所を張り出し、誰でも現在の状況がわかるように改善した。
家が完成したとき、支援者と共にテープカットをする。両者にとって最高の瞬間だ。
ハリケーン以降、全世界から支援の手がさしのべられた。だが、被災地にやってきたのは「善意」だけではなかった。政府からの補助金を得た被災者に対する詐欺被害も横行した。パメラ・マーシャルさんは建築詐欺に遭い、工事を中断せざるを得なかった。マーシャルさんのためSBPが慈善団体からの建築資金を仲介し、2016年冬にようやく家を再建することができた。
「娘と7つの家を転々としたんです。一時は信仰心を忘れ、自分を石ころのように感じていました。しかし、SBPは私たちを“人”として扱ってくれました。」マーシャルさん一家は10年振りに、自宅でクリスマスを迎えることができた。被災当時2歳だった娘さんは、「私は生まれた家は覚えていないが、やっと本当の家(ホーム)に帰ってこられたような気がする」と言ったという。
自宅で喜ぶマーシャルさん親子。
ローゼンバーグさんは語る。「SBPの目的は、アメリカ中で起きた災害から、復興までの時間を減らすこと。私たちが得た日本の知恵を米国国内の多くのNPOや企業にも伝えています。ひいては、世界に影響を与えていると思います。」現在、SBPは、14の団体に対して住宅再建方法を訓練し、52の団体に柱補修の訓練を行っている。人類の知恵のバトンは、国や企業を越え、志ある人によって、広く伝播していく。
現在、SBPは住宅再建だけではなく、この活動で得た知恵を広く 伝える活動もしている。
2005年に米国南東部を襲ったハリケーン・カトリーナの被害で壊滅した住居の再建を目指すプロジェクト。退役軍人やボランティアが参加。