東日本大震災のあと、灯りを失った陸前高田市

安心の拠点があるまちづくり

産業を通じた長い復興支援への挑戦

F-グリッド構想
2011年3月11日、東日本大震災が東北地方を襲った。当時私は行方不明の家族を探すため、
電気が遮断された岩手県陸前高田市の闇の中にいた。
確かな情報も、灯りの一つもないということが、これほど心細いものだとは。
あれから8年、新しいまちの形はまだ見えてこない。
企業と行政、地元の人々が力を合わせて「工場を中心とした安心できるまちづくり」を目指す、
宮城県大衡(おおひら)村の挑戦を追った。

文・写真:フォトジャーナリスト 佐藤 慧

巨大な発電機が入る建物の前に集まる東北電力、仙台市ガス局、トヨタ自動車東日本の関係者たち。連携により、F-グリッドを支えている。

企業同士が手を結び、新しい構想を可能にする。

 仙台駅から車で40分、県下唯一の村だという大衡村。鋼色の工場群を想像していたが、目に映るのは、お年寄りで賑わうパークゴルフ場や、家族連れの憩う公園、地元の野菜を並べた道の駅など。そのすぐ向かいが工業団地であるとは、意識しなければ気が付かないほどだった。
 トヨタ自動車東日本を中心としたこの工業団地は、「F-グリッド」という過去に例のない構想を取り入れている。トヨタが持つ大規模な自家用発電機で生み出した環境負荷の少ない電気や熱のエネルギーを、団地内の工場7社で融通し合っている。

例えば飲食店チェーンを展開するすかいらーくは、24時間食材や商品の保冷が必要なため、他の企業が使わない時間帯の電力を有効活用。ベジ・ドリーム栗原では、隣り合う工場の排熱を利用して良質な国産パプリカを育て、地元の雇用を生みながら、農業と工業が協力して効率よく生産する仕組みを築いている。

  すかいらーくの巨大冷凍・冷蔵庫。
「電気が途絶えると、冷凍・冷蔵庫の食材は一気に使用できなくなります。F-グリッドで、停電時の電力供給が保証されているのは、非常に安心感があります」(すかいらーく 平澤さん)。

ベジ・ドリーム栗原 大衡農場の皆さん。約280t/年のパプリカを生産している。F-グリッドの発電設備が生む熱を利用し、同社他農場比1/2の燃料費で周年栽培が可能となっている。将来的には、工場が出すCO2の活用も目指している。

 革新的なのは東北電力との協働による送電の仕組みだ。災害などの非常時には、工場で作られた電気を村の防災拠点である役場に送る。「心理的ハードルは高かった。他社の発電機が絡んだ送電は想像を絶する困難な作業。しかしトヨタの『地域社会との共栄』というコンセプトに共感した。次第に『無理なんじゃないか』ではなく『やるしかない』と変わっていった」と、東北電力宮城支社の小針配電部長は語る。

「大げさかもしれませんが、我々は電力の安定供給に命をかけて取り組んでいます」(東北電力小針さん)。

家族が安全だからこそ、安心して働ける。

 「自社だけがよければいいということではなく、グループ外、業界外、日本全体のことも考えていかなければならない」。そうした思いからトヨタがこの構想を考えたのは、東日本大震災がきっかけだった。
 工場の再稼働を急いでも、家族が安心して暮らせない状況では従業員も安心して仕事ができない。災害当時、電気が途絶え情報が遮断されたことで、内陸部の人々は沿岸部の被害状況が分からずにいた。まちの灯りも消え、人々は不安のなかで過ごしていた。電気とは単に工場を動かすエネルギーではなく、情報であり、安心を与える灯りでもあるのだ。こうして自分たちで電気を作り、平時は事業に、非常時は地域の防災拠点に送る仕組みを整えることとなった。復興の優先順位は、まずは人命の救助、次に地域の復興、最後に工場の再稼働だと学んだ。
 工場に併設する「結ギャラリー」は、通常は自動車のエンジンなどを展示しているが、非常時には2階部分を一般に開放し、約200人を収容することができる。F-グリッドからの送電やPHVで停電に備えるほか、テレビや携帯充電器、衛星電話も配備している。
 大衡村役場では、非常時にF-グリッドからの電気を確実に受け取れるよう、毎年、工業団地との合同防災訓練を欠かさない。東日本大震災時には重油で発電機を回し最低限の電源を確保したが、今は工場からの送電システムがある。「難しい仕組みは分からんが、灯りが一つ灯っているだけで安心感が違うものです」と、地域防災の普及に努める関内区長は言う。

産業と生活が共にある。それが、これからの“まち”の形。

 被災地の復興には時間がかかる。F-グリッドには、短期的な支援ではなく、産業を根付かせることで、東北そのものの経済力を底上げする狙いもある。かといって従来の工業団地のようなモデルでは、人は離れた住まいから職場へ通うだけで町は活性化しない。企業の利益だけではなく、地域行政や住民と「共に “まちづくり”をする」、そんな意識がF-グリッドの根底には流れている。
 「子育て支援事業なども進め、2011年以降、村の人口が少しずつ増えているんです」と大衡村役場に勤める和泉さんは嬉しそうに話す。2018年8月に行われた「おおひら万葉まつり」では、村の人口6,000人を超える、約8,000人が来場し大盛況だった。

「おおひら万葉まつり」では、招待された岩手県金ケ崎町の一行が、伝統舞踊「六原鬼剣舞(ろくはらおにけんばい)」を披露し文化交流を深めた。

 また、トヨタの工場があるという縁で友好交流都市関係を結んだ岩手県金ケ崎町とは、非常時には「顔の見える支援」ができるという安心感がある。以前はほとんど災害時の備えがなかった大衡村だったが、今では行政と村民が協力し合い、非常災害バッグの配付や、地域ごとの避難訓練などを行っている。合理性のみを求めた集合体ではなく、それぞれの持つ得意分野を共有し、共に新たなコミュニティを築いていく。
 どれだけインフラが整っていても、そこに人々の生活の声が響かなければ“まち”とは呼べない。まだまだ復興へ時間のかかる被災地に、温かな灯りと、幸せな日常が少しずつ戻ってくることを願っている。

F-グリッド構想

都市ガスを用いた発電設備から作ったエネルギー(電力・熱)と、電力会社より購入した電力の制御・最適化を図り、工業団地内へ効率的にエネルギー供給を行うシステム。非常時には地域の防災拠点へ電力を送る仕組みを持つ。

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