2017年10月3日、最後の「カムリ」の送り出し。
工場撤退後に地域に蒔いた「未来への種」。
トヨタモーターオーストラリア(TMCA)は2014年2月、メルボルン西部アルトナ工場の閉鎖を発表した。ここは1950年代にトヨタが海外進出初期に操業を開始した、歴史ある工場。豪州の自動車産業が縮小するなど避けられない要因はあったが、トヨタにとって、自らの身を切るような苦渋の決断だった。
「トヨタらしい撤退」をしようとTMCAでは議論を重ねた。考え抜いた末、約4年にわたり撤退に向け取り組んだ。まず3,000人近い従業員の声に耳を傾け、個別の就職支援や職業訓練を通じて、一人ひとりと向き合った。最後の1台まで品質を保ち続けられるよう、従業員が総力を挙げて生産に取り組んだ。2017年10月3日、従業員による大歓声のなか、涙と笑顔で最後の豪州産カムリが工場から無事送り出された。
工場があったのは、移民や若者が多く、職の不安定さや収入の少なさといった課題が山積する地域。閉鎖により地域の将来に不安を抱く声もあった。
1965年2月、最初の「コロナ」のラインオフ。
撤退後は、地域のためにさまざまな支援活動を開始した。その一つ「トヨタ・コミュニティ・トラスト」は、将来を担う理系分野の人材育成を目指している。支援先の団体から奨学金を受けて大学に進学した、メルボルン西部地域に住むソンティンさん。両親は英語が得意でない上に職がなく、さらに妹と父親は病気を抱えていた。文房具や教科書の購入にも事欠くような状態だった。「経済的に厳しいときでも、奨学金のおかげで安心して勉強ができました」。今、彼は小児理学療法士になる夢に向かっている 。
工場の跡地にトヨタが蒔いた種。今は小さな芽だが、大きく育つまで「息の長い恩返し」を続けていく。
ソンティンさん。
2017年設立。メルボルン西部地域において、STEM(科学・技術・工学・数学)教育に特化した団体を主に金銭面で支援するプログラム。今後はトヨタ生産方式(TPS)の活用も検討。