モノづくりの知恵が
幸せのかたちをつくる。

トヨタ ソーシャル イノベーション
ほほえみの国、タイ。
タイの経済を支えている中小企業・地方企業のほとんどが
2~3年で消えてしまう。「タイを草の根から強くしたい」。
トヨタモータータイランド(TMT)とトヨタ販売店は、
地域のリーダーたちの取り組みに、「モノづくりの知恵」を加えた。
見えてきたのは、効率化の先にある、人々の「幸せのかたち」。
ここから新しい社会が広がっていく。

タイ東北部の農村地帯コンケンにライスクラッカー工場を立ち上げたサイティップさん(右)。「家族と一緒に故郷で暮らすこと、それが私の目指してきたものです」と穏やかな笑みを浮かべる。夫(左)、娘(中央)と共に。

出稼ぎをやめたい。
そして故郷で家族と暮らしたい。

 タイの首都、バンコク。「16歳から30年間、雨季は田舎で農業、乾季は出稼ぎを繰り返している」とタクシー運転手は語る。「米は作っても金にならないから」。都市と農村の収入格差は約6倍。「バンコクはお金を稼ぐだけの場所だ」と言い、故郷で家族と暮らしたくとも、それが叶わない人々がいる。
 サイティップさんもその一人。約50年前、コンケン市郊外の米農家に生まれた。家は周囲と比べても貧しく、学校の制服も他人のお下がりだった。農作業は好きだったが、このままでは変わらない生活が続くのではないかと不安になった。小学校を卒業する頃に大水害があり、10年ほど米が収穫できないと噂された。「行動しなければ、何も変わらない」。

ライスクラッカー工場の周りに広がる田園風景。

 12歳になったサイティップさんは、祖母にもらったわずかなお金を握り締め、肥料袋に着替えを詰めてバンコク行きのバスに乗った。それから彼女の長い出稼ぎ生活が始まる。22歳で結婚。元気な男の子が生まれたが、生活は苦しく、愛する息子を両親の元に残し、日本へと出稼ぎに出ざるを得なかった。7年後、世界的不況のあおりを受けて帰国。故郷には相変わらず仕事がなく、再び家を離れた。今のままでは、将来、子供も同じような生活を送ることになる。「もう出稼ぎはやめたい」。そう強く思ったサイティップさんは、故郷に戻った。

最愛の息子と離れて日本で出稼ぎをしている間、実家から送られてくる息子の写真を眺めて毎日を過ごした。国際電話も毎週のようにかけていた。

「出稼ぎ先の日本人から優しさを学んだ」というサイティップさん。地元の寺に熱心に通い、祈りを捧げることは欠かさない。

地元に仕事を創りたい。
自分たちで知恵を出し合って。

 「お米ならいくらでもある」。知人の工場にヒントを得て、ライスクラッカー工場を立ち上げた。ライスクラッカーは、もち米を蒸し、形を整え干して揚げた伝統的なタイの菓子だ。故郷で子供と一緒に暮らしたい、ほかの人にも出稼ぎの辛さを味わわせたくない、そんな信念で工場を立ち上げたが、そもそも“経営”というものが分からなかった。生産計画もなく、納期に合わせて夜中まで働くこともあった。売り上げは伸びず、幼い長女を連れて売りに歩いた。何か問題があっても、従業員はサイティップさんの指示を待つだけで、考えるのは彼女一人だった。

 そんなとき、トヨタの販売店を通じ、TMTの支援を得られることになった。TPS(トヨタ生産方式)トレーナーのチャイクンさんは、最初の印象を「とにかくムダが多かった」と語る。そこから時間をかけ、納得してもらい、小さなカイゼンを重ねた。 蒸した米を触ると手に付く。今までは、それを水で洗い流していたが、網ですくって使うことで、1日6kgも節約できた。ほかにもバラバラだった大きさを、型を使ってそろえることで、1日の生産量が分かるようになり、ムリな残業がなくなった。日当も200バーツから400バーツに増えた。
 従業員のワサナさんは、「夜中に起きて働くこともあったが、今は子供二人とも十分な時間を過ごせている。カイゼン導入後、自分なりに問題点を考える自主性が身についたのも大きい」と笑顔で教えてくれた。

伝統的なハーブを混ぜたレシピはサイティップさん独自のもので、カリッとして中はふわふわ。
香ばしい香りが漂う。オーガニックなお菓子としても注目を集め、わざわざ買い付けにやってくる人も後を絶たない。

創業時からの従業員ワサナさん。自身は中学卒業後すぐ働き始めたが「子供たちには勉強を続けて生きる技術を身につけてほしい」と言う。

工場の朝は、ライスクラッカーの材料となる大量のもち米を蒸すことから始まる。

竹細工の文化を守る。
利益を追求するだけではない未来。

 バンコク郊外のチョンブリでおよそ40年続く竹細工工房でも、TPSの導入が新たな未来を切り拓いた。従業員83人のうち70人が在宅で働く。代表のコムクリットさんはその理由を語る。「都市部の工場では、一度辞めてしまうと、再び雇用してもらえない。それが課題だった。ここでは、技術を身につけ、いつまでも働けるよう雇用を開いている」。

コムクリットさんと工房の従業員たち。

 あるとき、伝統の竹細工に最新のデザインを凝らして、国内外に販路を求めた。生産量を上げようと雇用も増やしたが、逆に品質が下がり状況は悪化した。「何が悪いのか分からなかった。誰かの助けが欲しいと思っていた」(コムクリットさん)。TPSの導入により材料管理に課題があることが分かった。材料の竹は、色や太さ、元々の材質などにより、何十種類にもなる。暑さと湿気で息苦しくなる倉庫での作業は、バッグ1つ分の材料を集めるのに2日以上かかっていた。それが、棚を作って種類別に整理したことで、わずか30分で済むようになった。

 従業員のリーダー格であるマリさんはカイゼン後について尋ねると、「夕方おかずを買って帰れる。ムリな残業もない。お金持ちではないけど、ゆとりができました。幸せです」と答えてくれた。コムクリットさんは言う。「前の国王が遺してくれた『足るを知る』という教えは、ただとどまるということではない。みんながさらに幸せになるには、伝統を守りながらも前に進み、成長する必要がある」。

「以前はこの倉庫に材料が散乱していた。この棚を作って整理したことで、2日以上かかっていたことが、30分で確認できるようになった」と語るマリさん。

トヨタの得意とする生産過程における問題点のカイゼンと、商品本来の価値、生産者の思いが呼応した。

知恵や利益を分かち合い、
みんなで幸せに生きられる社会を。

 ライスクラッカー工場をTMTに紹介した販売店、トヨタ・コンケンの副社長、カモルポングさんは「草の根から社会を変えていきたい。経済も大事だが、知恵や利益を他者と分かち合うことで、幸せに生きられる社会が大切」とトヨタ ソーシャル イノベーションの意義を語る。

カモルポングさん。

 サイティップさんの工場の敷地内には、2018年にYOKOTENセンターがオープン。TPSと彼女の経験や哲学を伝える勉強会が開かれ、すぐに1,000人分の予約が入った。同地域の地区長、モントリさんは「米の価値を上げることで、米農家にもきちんと生計を立てていける道があるということを示してくれた。みんな米を作りたがっている」と言う。コムクリットさんの竹細工は、最近ではその価値が広く認められ、日本や欧州などへと市場を広げている。伝統工芸が見直されるだけではなく、洗練された商品を届けることによって、タイそのものの魅力も世界へと伝えている。「モノづくりの知恵で、人の意識と行動が変わる。それが広がれば、地域が良くなる」とTPSトレーナーのチャイクンさんは力強く語る。

YOKOTENセンターで自身の経験を伝えるサイティップさん。「経験を伝えることで、それぞれが生き方を選択していけるようになります。地域全体が豊かになれば、私たちもまた幸せに暮らしていけるのです」。

TPSトレーナーのチャイクンさん。「従業員が自分たちで問題点を考えるようになっていった。気持ちよく作業できるよう工場に音楽を持ち込んだのも、提案の一つ」。

 リーダーの強い意志と、地域や伝統に対する誇りに「モノづくりの知恵」が加わることで、生き方を選ぶことのできる社会が広がっていく。ライスクラッカー工場や竹細工工房のカイゼンは、一つの「幸せのかたち」として地域の未来を照らしている。

「自分も米農家なので、米を材料とした商品を作れたらうれしい」と笑顔を見せるYOKOTENセンターの訪問者たち。サイティップさんは、ここでオリジナルのレシピも公開している。

工房は、工芸技術を守るために王妃の命を受けて設立。一般に門戸を開き、技術、知識を無料で教えている。

サイティップさんの息子さんは現在バンコクの王立大学院を卒業し教壇に立っている。
「バンコクから戻って仕事がない人は、まず母を頼ってきます。都会での学びを生かして、僕も力になりたいです」。

トヨタ ソーシャル イノベーション

トヨタモータータイランド(TMT)が、2013年から実施しているプログラム。トヨタ生産方式を活用し、地域のリーダーたちを支援。2022年までに、タイ全土77県に展開予定。「課題があるということは、新たな機会だと思うようになってほしい」(TMT社員)。

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