第2節 新経営体制の発足

第1項 「もっといいクルマをつくろうよ」

激動する情勢下でのトップ交代

2009(平成21)年は、世界の自動車産業にとって激動の年となった。4月に米国のクライスラー社が、ついで6月にはゼネラル・モーターズ(GM)社が連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請したのである。両社は、米国・カナダの両政府から、合計約1,000億米ドルに及ぶ公的資金の注入を受け、法的手続きによる再建が始まった。クライスラー社は同年6月に法的手続きを終え、イタリアのフィアット社の傘下として、またGM社は7月に法的手続きを完了し、新会社として再出発した。

このように、自動車業界が激しく揺れ動くなか、トヨタでは、6月23日の定時株主総会後の取締役会で、豊田章男副社長が社長に就任し、新しい経営体制が発足した。豊田社長は就任にあたり、「トヨタで働く皆さんへ」と題するメッセージを全社員に送った。

新体制では留任の内山田竹志副社長のほか、新たに4人が専務から副社長に昇格したが、従来の機能や分野別の担当に加え、世界の各地域の責任者としての職務も兼ねることになった。お客様のニーズが多様化するそれぞれの地域で、トヨタがどのようなビジネスや存在を目指すのかをより明確にし、「地域中心」の商品開発や商品構成を推進することがねらいであった。

6月25日には豊田社長と全副社長が出席し、東京で記者会見を開いた。その席上、豊田社長は社員向けメッセージとほぼ同様の経営方針を表明し、「外部環境があったとはいえ、赤字に陥ったのは経営陣として忸怩たる思いでいる。嵐の中の船出となったが、1期でも早く黒字に転換するよう努めたい」と語った。

表3-3 豊田章男社長の就任に際してのメッセージ要旨(2009年6月)

テーマ
要旨
創業の決意
自動車工業を確立し、「国家経済に貢献する」ということがトヨタ創業の決意であった。「貢献」とは、「クルマづくりを通じて人々の暮らしを豊かにしていくこと」と、「地域に根ざした企業として雇用を生み、税金を納め地域経済を豊かにすること」の2つである。足元では赤字に陥り、納税という最低限の務めすら果たせない。悔しい思いで一杯であり、ドン底からのスタートとなる。
危機と成長
70年にわたるトヨタの歴史は戦後の労働争議、1960年代の貿易自由化、1980年代の通商問題など、苦難の歴史でもあった。しかし、そのつど、トヨタはたくましく成長し、グループとしての結束力を強めた。さまざまな危機を通じて、「お客様第一、現場第一の企業文化」や人を育てる「良き企業体質」を築いた。
復活への確信
21世紀に入り、トヨタは急ピッチの拡大を続けた。お客様のニーズに応えるべく、ビジネスの拡大は間違っていなかったが、身の丈を越えた仕事は、やり方や働き方の点で、従来の強みが発揮できていなかったのではないか。「クルマづくりを通じて社会に貢献する」という理念を改めて共有し、「お客様第一」など、トヨタが大切にしてきた考え方を実践すれば、必ずトヨタは復活できる。
ブレない軸
「もっといいクルマをつくろうよ」ということをブレない軸とする。また「1にユーザー、2にディーラー、3にメーカー」という順番が守られてこそ、トヨタの成長が可能になることを肝に銘じておきたい。
ラインアップの適正化
商品開発、商品ラインアップは、「地域中心」に大きく舵を切りたい。地域の実情とトヨタの実力、身の丈を照らし合わせ、「攻めるべき分野」と「退くべき分野」を見定め、ラインアップそのものの適正化(Right-Sizing化)を進める。
技術開発
最重点の環境技術に加え、乗ること、運転すること自体が人々の喜びや楽しさ、感動に結びつくような技術のブレークスルーも必要である。ワクワクするクルマをお客様が「買える」と思われる価格で提供できるよう、つねにもう一段上のレベルを目指していただきたい。
トヨタの主役
改めて、「人づくり」への取り組みを進めていただきたい。会社を動かしているのは経営陣ではなく、一人ひとりのメンバーであり、現場を支えるすべての人がトヨタの主役である。すべてのメンバーをかけがえのない価値を持つ人材に育てられる会社こそが強い会社になる。

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