第1節 世界金融危機

第3項 赤字決算

2008(平成20)年に入ると米国の住宅バブルは崩壊し、同年9月にはサブプライムローンに深くかかわっていた大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが連邦裁判所に連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請し、経営破綻した。米国発の信用不安は、瞬く間に世界的な金融危機へと広がった。その影響は各国の株価にも波及し、日本では2009年3月に日経平均株価が7,054円となり、1990年代初頭のバブル経済崩壊後の最安値を更新した。

自動車業界への影響も深刻で、米国などで自動車ローンの審査が厳しくなったこともあり、新車市場は先進諸国を中心に急激に冷え込んでいった。金融危機が実体経済の悪化へと影響を広げるなか、トヨタでは2008年10月に渡辺捷昭社長を委員長とする「緊急収益対策委員会」を設置し、2008~09年度の収益確保への取り組みを強化した。

この種の対策委員会で、委員長に社長以上の役員が就任するのは、プラザ合意後の円高に対処するため、1986(昭和61)年に設置した「円高緊急対策委員会」以来であった。緊急収益対策委員会では「総費用の低減」と「売上の最大化」を2本柱に、収益の悪化に対処することを決定した。前者では一般管理費、販売費、製造費用など、すべての費目を対象に徹底したコスト削減に取り組むと同時に、新規プロジェクトに関して、実施時期や規模の見直しなど「生産の構え」の総点検を進めた。また、後者の「売上の最大化」では新型ハイブリッド車(HV)など魅力ある商品の投入や、きめ細かい商品対応で需要の掘り起こしを図っていった。

しかし、金融危機後の世界経済の冷え込みは産業界の想定をはるかに上回るものとなった。トヨタでは、2008年11月の第2四半期決算発表時に、2008年度(2009年3月期)の通期業績予想を営業利益6,000億円、純利益5,500億円と期初時点から大幅に下方修正した。その後も収益見通しは一段と悪化し、翌12月には営業損益が1,500億円の赤字、純利益は500億円と再修正し、創業期以来の営業赤字に陥るのは避けられない情勢となった。

さらに、2009年2月にも3度目の予想修正を行い、営業損益は4,500億円、純損益は3,500億円の赤字予想とした。こうした相次ぐ業績の下方修正と赤字転落は、マスメディアで「トヨタショック」と報じられた。

2008年秋からの緊急収益改善の取り組みでは、「緊急VA(価値分析)活動」やトヨタ・モーター・マニュファクチャリング・ミシシッピー(TMMMS)の稼働延期など設備投資の抑制により、翌年3月までに約1,300億円の改善実績を確保した。しかし、販売台数の落ち込みや急激な円高の影響で、2009年3月期の売上高は前年度比21.9%減の20兆5,295億円へと大幅減収となり、営業損益は4,610億円の赤字、純損失は4,370億円と、前期の最高益から一転して過去最悪の赤字決算に陥った。

世界的な新車市場の収縮により自動車メーカー各社の2008年の販売は一様に落ち込んだ。トヨタの販売実績も897万2,000台と前年に比べて4%減少したが、米国のゼネラル・モーターズ(GM)社は前年比11%減の835万6,000台となったため、世界販売で初めてトヨタがトップに立った。

しかし、自動車市場をめぐる環境は、その後ますます厳しさを増していき、トヨタでも2008年秋から在庫調整のための大幅な減産に突入し、2009年の連結世界生産は前年を22%下回る723万台へと縮小した。また、同年のトヨタ単体の国内生産は前年比30%減の279万台にとどまり、1970年代以来の300万台割れとなった。

こうした未曾有の規模の減産のなか、トヨタの国内工場では、ライン稼働を停止する日の勤務の取り扱いとして、これまでの「一斉年休」(年休の計画的消化)に加えて、基準賃金の80%を支給する「会社休業」を実施した。海外では、海外製造事業体の約4割、14社で延べ3万人を超える従業員による「ワークシェアリング」を実施した。レイオフよりも、一人ひとりが賃金の減額を伴う労働時間の短縮という「ワークシェアリング」を採用し、雇用確保を重視した。

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