第4節 新規事業への取り組み

第3項 通信事業への参入

日本高速通信、国際デジタル通信、日本移動通信への出資

電気通信事業の世界的な自由化の流れのなかで、日本でも1985(昭和60)年4月に電気通信制度改革が実施され、電気通信分野の自由化が始まった。トヨタでは1980年代初頭から総合企画室と東京支社調査部が連携しながら、情報通信事業について調査・検討を進め、同分野への積極的な参入を図った。新規事業分野への進出という事業拡張の意図だけでなく、自動車への情報通信技術の適用、トヨタグループ内での高度な情報通信サービスの利用など、自動車事業をより強靭にする相乗効果を期待しての参入方針であった。

自由化前の1980年代前半、トヨタは政府や経済界から電気通信事業への関与を要請された。豊田英二会長は、当時郵政相の中核諮問機関であった電気通信審議会や通信関連団体などの会長を務めた。

トヨタは、1985年に電気通信事業の自由化がスタートすると、国内長距離通信、国際通信、移動体通信の3事業分野へ進出した。トヨタは、道路インフラを活用する建設省(現・国土交通省)系の事業化検討に参画し、1984年11月に三井物産など商社3社や道路施設協会などとともに日本高速通信(TWJ)を設立した。同社は1985年6月に正式に事業許可を得た。国内長距離通信は、京セラ系の第二電電(DDI)、JR系の日本テレコム(JT)、トヨタが参画した建設省系のTWJの3社に事業許可が下りた。

国際通信の分野では、1986年に新規参入の動きが始まった。トヨタは伊藤忠商事からの勧誘を受け、国際デジタル通信(IDC)に中核出資会社として参画した。1

移動体通信は、1979年に日本電信電話公社(現・NTT)が自動車電話サービスを開始した際、搭載技術の面で協力するなど、トヨタが最も進出を望んだ分野であった。移動体通信への新規参入をめぐっては、長距離通信や地域通信の会社が母体となり、一斉に事業化検討を進めた。その結果、トヨタが出資していたTWJ側と、京セラ系のDDI側がそれぞれ異なるサービス地域をカバーし、さらに各地域の電力会社がいずれかの会社に出資して事業化することになった。1987年3月、TWJが筆頭株主、トヨタが第2位の株主となって日本移動通信(IDO)を設立し、1988年12月にサービスを開始した。

トヨタでは3通信事業分野への進出に伴い、社内の組織体制を順次拡充していった。1989(平成元)年2月に総合企画室東京分室を母体に、東京支社調査部、技術部などの関係部局を再編して情報通信室を発足させ、同年8月には情報通信部に改称した。同部は電気通信事業3社の業務だけでなく、「クルマの情報化」をはじめ自動車事業にかかわる調査など、通信やIT分野全般を担当することとした。

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