第2節 工販合併―トヨタ自動車の発足

第5項 物流の効率化

効率化の推進

新体制のもとで、まず取り組んだのが、工販両社の間で重複していた完成車両点検作業の一本化であった。

合併前は、完成した車両を白い線で仕切られた自工側のヤードに並べ、そこに自販の検査員が赴いて検査したうえで、合格したものを自販側のヤードに移していた。自販側では、検査とともに工具や取扱説明書など付属品の搭載も行った。作業自体が重複しているばかりでなく、勤務形態が自工の昼夜2直に対して、自販は昼勤のみと異なったため、夜間に生産した車両が点検ヤードに滞留することになり、工場では1日当たり生産量のほぼ倍の車両を置く場所が必要であった。

その改善策として、自販側の点検作業を廃止し、工具などの搭載もライン内で行うこととした。成否の鍵は、組立工程での品質の造り込みにあり、トヨタの完成車工場だけでなく、すべての車体メーカーが品質向上策に取り組んだ。実施にあたっては販売店やお客様の声を聴きながら、問題のないことを確認・実証し、約1年をかけて旧来の作業方式を廃止した。

これにより、完成車の滞留が最小限にとどめられるとともに、点検・受け渡しヤードの縮減にもつながり、社内外の作業要員とヤードの削減率は約3割にのぼった。また、合理化による負担が外注先に及ばないよう、新規業務の発注や一部従業員の採用など、総合的な対策を講じながら慎重に進めた。

一方、海外物流部では輸出向け車両や補給部品の船積みに至るまでの工程を見直し、滞留日数の低減を図っていった。輸出車両の物流基地は、1981年に完成させた「田原センター(現・田原ヤード)」の稼働後、借用していた名古屋港の公共ヤードの大半を返却したが、それでも37カ所の公共ヤードが散在していた。このため、1982年に愛知県海部郡飛島村に用地(名古屋港西4区)を取得し、1985年6月に新たな輸出基地として「飛島センター」を完成させた。ヤードの集約により、余分な輸送作業などをなくすことができた。その後、1980年代末までにすべての公共ヤードを返却したほか、重複業務となっていた輸出車両の点検作業も、1984年から順次廃止していった。

合併を機にスタートした物流の改善は目覚ましいスピードで進んだ。その改善を通じて、販売店を含むオールトヨタの間で「リードタイムを短縮してサービスを向上させつつ、ムダを取り去る」という、トヨタ生産方式の考え方も浸透していった。また、「必要なもの以外は運んではいけない」「小回りのきく仕組みをつくる」「リードタイムとは、物流時間と滞留時間の合計であり、滞留時間をいかに減らすかがポイントである」といった改善手法がオールトヨタのなかで定着していった。

こうして、合併から約3年のうちに生産と物流を結ぶ改善にほぼめどがついたため、3カ年計画を達成した物流委員会は1986年6月に解散し、以降の効率化は物流各部の固有業務として推進されることとなった。

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