第5節 たび重なる苦難と試練

第2項 続く試練

歴史的円高との格闘

東日本大震災後の自動車産業を取り巻く環境は、業界内で「六重苦」と表現されるようになった。円高、環境規制、労働規制、法人税率、貿易自由化協定の遅れという従来の五重苦に、原子力発電所事故を契機とした電力供給不安が加わったからである。

なかでも2010(平成22)年夏から1ドル80円台前半に進んでいた円高は、2011年になると大震災直後の3月中旬に76円25銭に上昇し、1995年以来16年ぶりに戦後最高値を更新した。その後も8月には75円台に突入するなど、「歴史的円高」が定着していった。急激に進んで高値に張り付いた円高は、足元の業績悪化のみならず、生産の海外移転による日本の製造業の空洞化加速という大変に厳しい課題を突き付けてきた。

トヨタの連結業績は、金融危機後の2009年3月期(2008年度)に赤字に転落したものの、2010年3月期(2009年度)は営業利益1,475億円、純利益2,094億円を確保し、黒字転換した。期初時点に営業損益で8,500億円もの赤字としていた予想から大幅な改善を達成したのだった。

米国市場で品質問題が顕在化するなど厳しい時期にありながら、2008年11月に始動していた緊急収益改善策を加速させ、2009年度の当初目標であった8,000億円の改善に対して総額1兆6,900億円と2倍強の実績をあげ、黒字転換につなげた。このうち原価改善は5,200億円に達し、決算期ベースでは過去最高額を確保した。2010年5月、この決算発表会見で豊田章男社長は、2010年度がまさに新しいトヨタの再出発の年と考え、新たな成長路線へと舵を切っていきたいと表明し、ハイブリッド技術の一段の向上などによる「次世代環境車」と、中国やインドをはじめとする「新興国」を攻める2分野とし、経営資源の最適配分で持続的な成長を目指すとの方針を示した。

続く2011年3月期(2010年度)連結決算は、営業利益が前期比3.2倍の4,682億円、純利益は約2倍の4,081億円と大幅な増益になった。しかし、急激に進んだ円高による営業損益段階での減益要因は2,900億円にのぼり、同年度の原価改善による増益効果を上回ってしまった。期末に発生した東日本大震災の影響も出始め、営業損益での減益要因は1,100億円だった。

さらに、大震災など自然災害と最高値更新が続いた円高によるダブルパンチとなった2012年3月期(2011年度)は、営業利益が前期比24%減の3,556億円、純利益は同31%減の2,835億円と、大幅な減益になった。営業利益の減益要因は為替変動だけで2,500億円に及び、減産によって連結販売台数もほぼ横ばいとなるなど、まさに円高と災害の直撃を受けた。

このように、急激に進んだ円高が収益を激しく圧迫し、自動車産業に生産の海外移転や外国製部品の調達拡大など、国内製造部門の空洞化につながる施策を迫った。トヨタは2010年5月に公表した「生産体制の再構築」によって、日本では新技術や新工法への取り組みを中心とした車両の生産に重点を置き、かつ混流ラインの推進などによるフレキシブルな生産体制への転換を打ち出した。

あわせて、雇用の確保や地域経済への貢献の観点から、日本でのモノづくりを守る方針をより明確にし、年300万台規模を国内生産の維持ラインと位置づけた。2011年の大震災や急激な円高進行により、同年の記者会見などでは、こうしたトヨタの方針を質す問いが頻繁に投げかけられた。豊田社長は、トヨタは日本で生まれ、育てられた企業であり、産業基盤や雇用を守っていくため、石にかじりついてでも日本でのモノづくりにこだわりたいとし、300万台ラインの堅持を再三にわたって表明した。

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