第8節 本格的乗用車トヨペット・クラウンの登場

第2項 大型トラック、全輪駆動車、ディーゼル・エンジンの開発

ランドクルーザーなどの全輪駆動車の開発

1950(昭和25)年8月、米軍および発足直後の警察予備隊1から、四輪駆動の1/4トン積みトラック(ジープ型)と3/4トン積みトラック(ウエポン・キャリアー)の試作要請を受けた。朝鮮戦争が勃発してから2カ月後という、騒然とした世相のなかでの発注であった。

戦前、トヨタ自工では陸軍の求めに応じて、四輪駆動車を生産した経験があった。その経験と残存部品を活用すると同時に、SB型トラックの後車軸などの足まわり部品を利用し、わずか5カ月の開発期間で、1951年1月に1/4トン積みトラック(ジープ型)の試作車を完成させた。

このトヨタBJ型四輪駆動トラックは、ジープ型トラックであるところから、通称「トヨタ・ジープ」と呼ばれた。しかし、「ジープ」は米国ウィリス社の登録商標であるため、通称名を変更する必要が生じ、「トヨタBJ」と改めたのち、1954年6月に「トヨタ・ランドクルーザー」と正式名称を設定した。トヨタBJ型四輪駆動トラックの仕様は、表1-35のとおりである。

表1-35 トヨタBJ型四輪駆動トラック(初代ランドクルーザー)の仕様(1951年)

項目
内容
エンジン
B型(3,389cc、82馬力)
ホイール・ベース
2,400mm
全長
3,793mm
全幅
1,575mm
全高
1,900mm
シャシー重量
車両重量
1,230kg
最大積載重量
(乗員込み)
360kg
最高速度
100km/h
(出典)
トヨタ技術会『トヨタ技術』1951年4月1日

1955年11月にはBJ型ランドクルーザーの全面改良を実施し、BJ25型系とするとともに、F型エンジンを搭載したFJ25型系を追加して発売した。BJ型が軍事用を重点に開発されたのに対して、BJ・FJ25型系は一般民間用として広く使用されることを目的としていた。具体的な改良点は、ホイール・ベース短縮による機動性の向上、シンクロメッシュ方式の採用によるトランスミッション操作性の向上、室内空間の大幅拡大による居住性の向上、板ばねの変更による乗り心地の改善などであった。

こうした機能・性能の改善に加えて、富士山6合目まで走破したランドクルーザー本来の踏破性能の高さは、世界の山岳地帯、砂漠地帯の国々で高く評価され、輸出先国と輸出台数は大幅に伸びていった。すなわち、1955年にトヨタの輸出先国は14カ国、ランドクルーザーの輸出台数は98台であったが、1956年に35カ国・518台、1957年には47カ国・2,502台へと急伸した。

一方、3/4トン積み四輪駆動トラックは、1951年1月にBQ型試作車として完成し、翌2月には警察予備隊による公式試験が行われた。BQ型四輪駆動トラックも、戦時期の技術的経験を生かして開発され、数次にわたる運行試験を繰り返したうえで正式採用となった。

また、BQ型の開発に並行して、1951年8月から2.5トン積み六輪駆動トラックFQS型の開発に着手し、1952年2月にその試作車が完成した。FQS型六輪駆動トラックは、約1年をかけて警察予備隊(保安隊)の試験をクリアし、1953年2月に正式採用となった。

これらの全輪駆動トラックは、その後逐次改良され、1958年以降、APA特需車両(後述)として大量に納入された。2

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