第8節 本格的乗用車トヨペット・クラウンの登場
第3項 本格的乗用車トヨペット・クラウンの開発
特徴的な装置・機構
1. スクエア・タイプの高速型エンジン
クラウンに搭載のR型エンジンは、1953(昭和28)年9月にRH系乗用車トヨペット・スーパーや、トヨペット・トラックRK型に初めて搭載された。このエンジンは、口径と行程の寸法が77mm×78mmとほぼ等しく、スクエア・タイプの高速型エンジンである。クラウンの発売時には、すでに1年以上の使用実績があり、性能・品質は安定していた。RS型・RR型の発売直後に監査改良室が集約した不具合報告にも、エンジン本体に関するものはなかった。
R型エンジンが登場した1953年当時、外国メーカーとの技術提携により販売されていた乗用車のエンジンは、表1-42のとおりである。その口径(ボア)と行程(ストローク)の関係を見ると、前者よりも後者が長いロングストローク・エンジンが主流であり、国産勢のプリンス(75mm×84mm)やオオタ(61.5mm×76mm)も同様であった。しかし、クラウンが発売された1955年には、早くもヒルマン・ミンクス用に76.2mm×76.2mm(オーバー・ヘッド・バルブ〈OHV〉式、1,390cc、43HP)のスクエア・タイプの新エンジンが現れている。その後、R型エンジンは2R型(78mm×78mm、1,490cc)に改良され、さらに3R型(88mm×78mm、1,897cc)では、口径が行程よりも大きいオーバースクエア・タイプへと進化した。
表1-42 外国メーカーとの提携による乗用車搭載のエンジン(1953年)
エンジン名
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型式
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口径×行程
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オースチンA-40用エンジン
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OHV式、1,200cc、42HP
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65.4mm×88.9mm
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ヒルマン・ミンクス用エンジン
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SV式、1,265cc、37.5HP
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65mm×95mm
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ルノー4CV用エンジン
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OHV式、748cc、21HP
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54.5mm×80mm
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- (出典)
- オースチンA-40:雑誌『モーターファン』1954年6月1日、「第1回モーターショー」、ヒルマン・ミンクス及びルノー4CV:雑誌『モーターファン』1953年6月1日
また、R型エンジンのシリンダーブロックを利用し、小型高速ディーゼル・エンジンが開発された。1,500ccクラスの乗用車用小型ディーゼル・エンジン(開発番号:3E、製品型式:C型)の試作が1955年末に完成し、1958年度の「日本機械学会賞(製品の部)」を受賞したことは、既述のとおりである。
R型系エンジンの最終の型式となった22R型(92mm×89mm、2,366cc、115HP/5,100rpm)は、マイクロバスのコースターに搭載された。シリンダーブロックの外形寸法があまり変わっていないにもかかわらず、初期のR型エンジンの排気量・出力に対して、それぞれ1.6倍、2.4倍の増大を実現した。ちなみに、R型系エンジンのなかで最も出力が大きかったのは、初代コロナ・マークⅡGSSに搭載された10R型(86mm×80mm、1,858cc、140HP/6,400rpm、DOHC、ツインキャブレター)である。
このように、R型系エンジンは改良が重ねられ、高出力化・高速化によく適応したため、1994(平成6)年まで41年間にわたって活躍した。
2. シンクロメッシュ機構付き常時噛合い式トランスミッション
トヨタ自工の初期のトランスミッション(変速機)は、G1型トラックやAA型乗用車をはじめ、すべての車種が手動による選択摺動式の変速操作であった。選択摺動式は、回転する2つの歯車を円滑に噛み合わせる操作に熟練を要し、変速条件によってはダブルクラッチと称する煩わしい操作を必要とした。
これに対して、クラウンに採用した変速機は、前進3段変速である。トップおよびセカンド・ギアにシンクロメッシュ機構付き常時噛合い式ヘリカル・ギアを採用したことで、選択摺動式に比べてより円滑に変速操作ができた。1その後、変速操作をいっそう容易にするため、全段にシンクロメッシュ機構を採用したオール・シンクロ、あるいはフル・シンクロと呼ばれるトランスミッションを開発するなど、性能の向上を図った。さらに、この分野での技術は、変速時のクラッチ操作をなくした自動クラッチ「サキソマット」や、クラッチと変速切り替えの操作が不要な自動変速機「トヨグライド」へと発展していった。
このような点から、RS型クラウンに搭載されたシンクロメッシュ機構付きトランスミッションは、トヨタ自工におけるイージー・ドライブ化の出発点とも位置づけられる。
3. 前輪独立懸架と後輪3枚板ばね懸架
クラウンの前輪懸架は、トヨタ車で初めて独立懸架方式が採用された。わが国の道路事情に合わせ、最も普遍的なウイッシュボーン型を快適な乗り心地が得られるように改良するとともに、信頼性と耐久力を高める設計とした。
後輪懸架には、東京大学の亘理厚博士が研究開発した3枚板ばねを用いた。この新しいばね方式は、全長や幅が大きい板厚の3枚ばねを使用するもので、軽量・柔軟なうえ、ばね間の摩擦が少なく、振動数が小さいため、前輪の独立懸架と相まって快適な乗り心地を実現した。
4. 画期的なハイポイド・ギアを用いた減速歯車
ディファレンシャル部の減速歯車には、国産車初のハイポイド・ギアを採用した。ハイポイド・ギアは、ドライブ・ピニオンがリング・ギア中心よりも下側でリング・ギアに噛み合うため、ドライブ・ピニオンが連結するプロペラシャフトの位置が下がり、ボデーの床面を低くすることができる。また、リング・ギアとドライブ・ピニオンの歯が噛み合う範囲が広くなり、大きな力に耐えられるところから、減速歯車自体を小型・軽量化することが可能である。
このハイポイド・ギアの採用により、クラウンの車体は、全高(1,525mm)と標準床面地上高(320mm)が低く抑えられる一方、最低地上高(210mm)を高くすることができた。重心が下がったため、走行がより安定すると同時に、車体と地表面との間隔が広がったことで、未舗装の悪路も余裕をもって走行できるようになった。
なお、ハイポイド・ギアの加工機として、米国グリーソン社製のハイポイド歯切り盤を1953(昭和28)年5月までに輸入した。同年6月にはRS型乗用車の第1次試作1号車が完成しているので、車両の企画・設計と製造設備の調達、試作品の製作が連携して進行していたことがわかる。また、発売直後の調査では、減速歯車に関する不具合の報告は見られなかった。